2018年1月1日から事業承継税制の改正によって、非上場株式等の納税猶予・免除に関する「特例措置」が10年以内の期間限定で適用されることになった。贈与・相続税ともに100%の猶予が受けられるが、現状では、「贈与税・相続税がゼロになる」という話だけがひとり歩きし、「特例措置」を活用することのメリット、デメリットを十分検討しないまま措置を受けようとする経営者も少なくない。今後の経営計画や、経営者の家族構成、資産状況などによっては、あえて「特例措置」を受けず、贈与・相続税を納めたほうが望ましいケースもあるという。本連載では、個人・法人財産、財産運用等のコンサルティング業務を展開する、株式会社みどり財産コンサルタンツ代表取締役社長・川原大典氏に、事業承継税制の「特例措置」の内容をもう一度再点検し、経営者にとってより良い事業承継対策について伺う。第1回目のテーマは、事業承継税制「特例措置」の概要である。

「事業承継税制」が導入された背景

企業経営者が後継者に経営を引き継ぐ際、大きなネックとなるのが自社株の問題です。優良な企業であるほど自社株の評価は高く、中小企業でも数億円から十数億円になるケースは珍しくありません。それほど大きな現金を工面するのは簡単ではありませんから、多くの後継者は、どうしても譲り受けるのをためらってしまいます。

 

後継者が息子などの親族であれば、「生前贈与」をするという方法もあります。贈与であれば譲渡のように自社株取得の対価を支払う必要はありませんが、その代わりに贈与税を納めなければなりません。贈与税は税率が非常に高いので、譲渡に比べれば金額は小さいにしても、後継者に大きな負担がかかります。

 

株式会社みどり財産コンサルタンツ代表 取締役社長・川原大典氏
株式会社みどり財産コンサルタンツ代表取締役社長・川原大典氏

結局、譲渡するにせよ、贈与するにせよ、後継者は多額の負担を負わなければならなくなるわけです。これが、日本で中小企業の事業承継が進まない大きな理由のひとつです。しかし、こんな状況が続けば、日本から中小企業がどんどん減っていってしまいます。中小企業経営者の高齢化は急速に進み、承継できずに廃業に追い込まれる企業の数も急増しています。企業の数が減れば、日本経済そのものもどんどん縮小していくわけですから、国としての一大事です。

 

そこで、中小企業がもっと円滑に事業承継をできるようにと政府が打ち出したのが、「非上場株式等についての贈与税・相続税の納税猶予制度」(以下、「事業承継税制」)なのです。事業承継税制が施行されたのは2009年のことで、今年でちょうど丸10年になります。

 

そのおおまかな内容は、親族内で贈与・相続される非上場株式等(自社株を含む)のうち、総株式数の最大3分の2までについて、贈与税は100%、相続税は80%、納税が猶予されるというものです。

 

たとえば、1億円の自社株を息子に贈与した場合、通常であればその1億円分にそのまま贈与税が課されることになりますが、事業承継税制の適用を受ければ、3分の2の約6666万円については100%の猶予が受けられるので、残る約3333万円分に課せられる贈与税を納めるだけで済みます。

 

実際の納税額は、1億円で申告した場合は5280万円、3333万円で申告した場合は1613万円ですから、3600万円以上も税負担が軽減されることになります。政府にとってはかなりの大盤振る舞いだと思われますが、それほど日本の中小企業の事業承継が進まないことを重大な問題と捉えているのでしょう。

 

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政府のさらなる大盤振る舞い「特例措置」が始まる

しかし、そうした大盤振る舞いを行ったにもかかわらず、事業承継税制の利用はほとんど進みませんでした。手続きが煩雑であることや、納税猶予の仕組みそのものが難解であることなどが大きな理由であると考えられます。

 

そして何より、納税猶予の適用を受けるためには「承継後5年間、平均8割の雇用を維持すること」を義務付けられたことが大きな壁となりました。この条件を満たせなくなった途端に納税猶予は受けられなくなり、多額の贈与税や相続税を納めなければならなくなります。

 

苦労をして会社を経営している方々には、いまさら申し上げるまでもありませんが、先行きが不透明な経済状況の中で、「どんな状況であろうと、人を減らしてはいけない」という縛りを受けるのは、非常に大きなリスクです。

 

たとえ贈与税・相続税の負担が軽減されたとしても、経済状況の変化によっては、それを上回るコストを支払わなければならなくなるのですから、多くの経営者の方々が利用について尻込みするのも当然だったといえるでしょう。

 

そうした事情を踏まえ、政府はさらなる大盤振る舞いをすることにしました。それが、2018年1月1日から10年以内の期間限定で適用されることになった事業承継税制の「特例措置」です。

 

平成30(2018)年度の税制改正によって創設された事業承継税制の「特例措置」は、従来の措置(以下、「一般措置」)に比べて、納税猶予の割合が大きくなり、適用資格や要件などもかなり弾力化されました。

 

「一般措置」では、総株式数の最大3分の2まで、相続税については80%までの納税猶予しか受けることができませんが、「特例措置」では、全株式を対象に、贈与税・相続税のどちらも100%の納税猶予が受けられるようになったのです。

 

先ほどの例をもう一度見ると、「一般措置」の場合は、1億円の自社株贈与のうち約6666万円分が納税猶予の対象となりますが、「特例措置」では、丸々1億円分の納税が猶予されます。実質的に、贈与税の納税額がゼロ円になるわけです。

 

一方、相続税については、「一般措置」では80%の納税猶予割合が100%になるのですから、ますます猶予される納税額が大きくなります。「一般措置」の適用を受けた場合、1億円の自社株の相続に対して、総株式数の最大3分の2(約6666万円)だけが対象となり、そのうちの80%(約5332万円)だけが納税猶予されるので、猶予されるのは実質的に相続した1億円のほぼ半分になってしまいます。

 

これに対し、「特例措置」では相続した自社株の全株式に対し、100%の納税猶予が受けられるのですから、当面の納税額はゼロ円となるのです

 

このほか「特例措置」では、「承継後5年間、平均8割の雇用を維持すること」という雇用確保要件を満たせなくなっても、認定支援機関による「経営が悪化した」という意見を付した書類を提出した場合は納税猶予期間が延長されることや、親族以外の第三者に対する贈与についても納税猶予を認めるなど、要件が大幅に緩和されました。

 

こうしたことから、昨年4月に「特例措置」が導入されて以来、利用件数はかなりのペースで増えているようです。

 

[図表1]特例措置と一般措置の比較(国税庁パンフレットより) https://www.nta.go.jp/publication/pamph/sozoku-zoyo/201804/01.pdf
[図表1]特例措置と一般措置の比較(国税庁パンフレットより)
https://www.nta.go.jp/publication/pamph/sozoku-zoyo/201804/01.pdf

 

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取材・文/渡辺賢一 撮影/永井浩(人物)
※本インタビューは、2019年4月4日に収録したものです。