世界中の企業が魅了される菊川工業独自の“R曲線”技術(菊川工業株式会社 白井工場)

下請取引に関する2016年末のルール改正に伴い、下請事業者への支払いサイト短縮が強く求められている親事業者。そんな中、世界で名を馳せる金属加工メーカー菊川工業株式会社が、支払いサイトの大幅な短縮を可能とする仕組み「サプライチェーン・ファイナンス」を導入した。その狙いは何か? 本連載では詳しく探っていく。第2回目は、アップルをはじめ世界の超一流企業が菊川工業と取引をする理由などについて、宇津野嘉彦社長にお話を伺った。聞き手は、電子記録債権を利用した決済プラットフォーム事業を展開し、サプライチェーン・ファイナンスを取り扱うTranzax株式会社の小倉隆志社長である。

世界各地の「ブランドショップ」の内外装を担当

――現在はどんな仕事を手掛けているのでしょうか?

 

菊川工業株式会社 代表取締役社長
宇津野嘉彦 氏
菊川工業株式会社 代表取締役社長
宇津野嘉彦 氏

宇津野 いくつもの仕事を並行して進めているのですが、世界的に有名な企業さんのお仕事でいうと、世界のIT企業のA社さんがあります。鹿島さんが受注した銀座店舗に、ステンレスの内外装建材を納品させてもらったのがきっかけでした。

 

A社は各建材の納入業者を建材ごとに世界中で選りすぐり、数社に絞っているのですが、当社はそのうちの1社です。

 

世界各地のA社店舗の内外装を担当させてもらいました。また、サンフランシスコに建設された新本社の設計をされた建築家で「モダニズムのモーツァルト」などとも呼ばれる(ノーマン・)フォスター卿にいたく気に入っていただき、新本社の内装も当社で引き受けさせてもらいました。直径500mのドーム状の新本社ですが、その食堂に設置する16mの丸柱やプレゼンルームである「シアター」の天井等も当社で造っております。

 

――海外企業とのお取引が多いのですか?

 

海外の有名メーカーの内外装を手がける
海外の有名メーカーの内外装を手がける

宇津野 売り上げは国内と海外で半々ぐらいでしょうか。先日(11月24日)リリースを出させてもらいましたが、世界的な金融系通信社であるブルームバーグさんのロンドン本社の内外装も当社が受注しています。ブロンズで造る階段の外装はドイツの企業がコンペティターになっていたのですが、最終的に当社の曲げ加工の技術と溶接技術が評価されて受注することができました。分子レベルで溶接する機械を使用して、継ぎ目のわからないブロンズのモックアップ(模型)を用意したところ、非常に気に入ってくださったんです。

 

――国内ではどんなお仕事を?

 

宇津野 大型ビルやブランドショップの内外装を手掛けることが多いですね。カルティエさんの銀座店、ルイ・ヴィトンさんの青山店などさまざまな店舗を手掛けさせてもらいました。店舗づくりに携わらせてもらうと、なぜそのブランドが世界中の人たちから愛されているのかよくわかります。

 

通常のブランドショップは凝った路面店を造る際に、我々メーカーが用意した内外装のモックアップ(模型)を見て、発注先を決定します。実は、発注者が日本企業の場合、このモックアップ代は当社持ちのケースが大半。平均してモックアップをつくるのに相当のコストがかかるんですけど、受注できなかったら無駄になってしまいます。

 

ところが、海外の有名ブランドショップはモックアップ代もすべて支払ってくれます。それも、超一流クラスになると、モックアップだけで千万単位の予算をつけて依頼されてくる。さらに、我々が造ったモックアップをチェックするために、カメラマンなどを含めて10人以上のスタッフが来日されるケースもありました。「オーナーに見せるため」と、モックアップができるまでの過程などを映画風に撮っていかれたこともありました。店舗からして、それだけこだわりを持って造られているのですから、商品に対するこだわりはそれ以上でしょう。世界中の方に愛されるのも納得です。

 

製品の利幅がたとえ小さくなっても・・・

Tranzax株式会社 代表取締役社長 
小倉隆志 氏
Tranzax株式会社 代表取締役社長 小倉隆志 氏

小倉 ルイ・ヴィトンさんのお金のかけ方よりも、受注できなければ100万円単位のお金をかけたモックアップが無駄になるという話のほうが衝撃です!

 

宇津野 そういうケースがあるのは事実です。ただ、お金をかけた分、何とか受注しようと努力をします。というのも、当社が受注するお仕事の大半は、数年単位のプロジェクトなのです。順調にいって受注から納期まで数か月。最も多いのは、納期まで2年程度のお仕事です。

 

今年6月に奈良の薬師寺さんの「食堂」の再建工事が終わって公開されるようになりましたが、当社はその天井を造らせてもらいました。薬師寺さんから依頼を受けた伊藤豊雄先生は、釈迦三尊の絵をベースに雲海をイメージした天井にしたいとおっしゃられて、ちょうど2年ぐらい前に当社がモックアップを制作したのです。それを1年ほど検討されて正式に当社への発注が決定し、実際の設計を始めたのが'16年の頭。約3年で納品に漕ぎつけた計算になります。

 

小倉 それだけ長い時間をかけて作り上げるということは、小ロットであってもかなり利幅は大きいのでしょうね?

 

宇津野 それが、そうでもないのが悩みです(苦笑)。当社が得意とする“R曲線”の製品は“直”のものと比較して製造コストが5、6倍になります。しかし、売り値は3倍が限度。高くつきすぎて、受注できなくなってしまうのです。ですから、粗利率はメーカー平均より低いと思います。おまけに、受注の波があるので業績が安定しない。時代の変化もあります。今、バブル以降、最高の建築ブームが到来していると言われますが、かつてのように「モニュメンタル」な建築物を建てようと考えるオーナーさんは非常に少ないんです。

 

かつては、例えば経団連会館といえば、「あのアルミ製のアーチ状の庇があるビルね」と多くの人が、イメージできるビルが多かった。しかし、今はどれも似たり寄ったりです。いかにコストを掛けずに建てるかが重視されるので、当社の受注にも結び付きにくい。おそらく、坪当たりの建築コストはいまだバブル時代の半分以下でしょう。

 

小倉 建築物はその土地の価値を上げたり、市民のシンボルになったりするものだと思いますが、そういう意識を持って建てられる方が減ってしまったかもしれませんね。

 

 

取材・文/田茂井 治 撮影/永井 浩 
※本インタビューは、2017年10月16日に収録したものです。