あらゆる建築ニーズに応える「板金加工」の技術
――金属加工メーカーとして、菊川工業さんはいち早くTranzaxのサプライチェーン・ファイナンスを導入したと聞いています。なぜ支払いシステムの見直しが必要だったかを知るために、まず御社の業界における立ち位置を教えてください。
宇津野 当社は1933年の創業以来、「メタルアーキテクト・キクカワ」を標榜して、数多くの時代を象徴するモニュメンタルな建築物を手掛けてきました。最大の強みは、金属の“板金加工”の技術ですね。
その代表例の1つに、フジテレビ本社ビルの球体展望台があります。これは建築家・丹下健三先生が手掛けたプロジェクトで、当社は耐食・耐候性にすぐれたチタンを活用して直径32mにも及ぶ球体外装パネルを造らせてもらいました。
さらにさかのぼれば、東京タワーの展望台も当社が担当し、東京スカイツリーの展望台の金属パネルも造らせてもらいました。金属加工会社は建設会社と同様、全国に何千社とありますが、当社は完全オーダーメイドの設計・開発体制を整えることで、あらゆる建築家のニーズに対応してきたのです。
――完全オーダーメイド生産の金属加工会社は少ない?
宇津野 全国で板金加工業者は数多くありますが、当社ほど小ロット生産が大半のところは少ないでしょう。受注する仕事のほとんどが一桁のロットですから(笑)。
小倉 一桁ですか!? それはもう伝統工芸品の世界ですね。いや、伝統工芸品のほうがロット数は多いか……。
宇津野 職人技術であるのは間違いありません。当社が得意とする曲げ加工は手仕事ですから。特にR字にカーブを描く曲げ加工は熟練した技術が必要です。溶接かテンションをかけた曲げ方でしか綺麗な曲線を描けないのですが、大半のものを職人がベンダーという機械を使いながら手作業で数ミリずつ曲げていくんです。
例えば、東京・虎の門の琴平タワーは鳥居のようなビルの柱が印象的な建築物ですが、当社が手掛けたその円柱を覆うステンレス板の目地(継ぎ目)はわずか3mmです。これができるのは当社だけでしょう。というのも、通常、金属は最後の最後まで綺麗に曲げるのが非常に難しい。継ぎ目の部分は外に反り返ってしまいがちなので、20mmほどの目地にするのが一般的なのです。
アナログな「職人技」を伝承している秘訣とは?
小倉 私も工作少年だったので、モノを綺麗に曲げる難しさはなんとなくわかります(笑)。でも、なぜ菊川工業さんは他社にはできない曲げ加工ができるようになったのですか?
宇津野 創業者である父が徹底して、「金属でつくるものなら、できませんと言って帰ってくるな!」と営業から職人まで指導してきた影響だと思います。今でも当社のモットーは「Never say No」。どんな無理難題を突き付けられても、「検討させてもらいます」と持ち帰り、それを実現するための技術を磨いてきました。
そうして一番はじめにフルオーダーでやらせてもらった仕事が東京タワーです。この施工事例が最も効果的な営業ツールとなり、以降、複雑な加工技術を要する建具の依頼などが舞い込むようになったのです。
――職人の育成には時間がかかりそうですね。
宇津野 そこには当社のノウハウがあります。実は、過去の技術の失敗事例をすべてデータベース化しているのです。創業から80年以上の歴史がありますが、少なくともここ50年間の失敗事例はすべて蓄積してあります。それを検索機能ですぐに引っ張り出せるようにしている。
例えば、銅板を独特の風合いに仕上げる「硫化いぶし」と入れますと、過去の事例がズラっと出てくるんです。このほか、毎月1回だけ土曜日に“土曜研修”といって、若い人たちに技術伝承を行う機会を用意しております。
小倉 アナログな職人技を伝承していくために、ハイテクなナレッジマネジメントを導入しているわけですね。