なぜ、日本人の“歯磨き”は非効率的なのか?
――欧米と日本では、歯に対する意識が大きく違うという話はよく聞きますね。
関山 顕著なのは、セルフケアへの取り組みの違いです。日本人には、「歯ブラシ1本で全体をブラッシングする」という認識が強くあります。しかし欧米諸国、特に北欧においては、「適切なブラシやフロスを選択して先に磨きにくい部分の汚れを落としてから、普通の歯ブラシで全体をきれいにする」という習慣が浸透しています。「磨きにくいところ=むし歯や歯周病になりやすいところの汚れを落とすのが最優先」という意識が当たり前のこととして根づいているのです。
この話だけを聞くと、欧米人のほうが歯磨きに時間をかけているように思えます。しかし実際には、それぞれの場所に適したブラシを使っていない日本人のほうが余計に時間がかかっています。しかも、長時間かけて磨いても汚れ(プラーク※)が取り切れず、そこから細菌が増殖してむし歯や歯周病の発症につながっているのです。あまりにも効率が悪いと思いませんか?
効率的かつ効果的に口の中の汚れを落とす方法を考え抜き、部位ごとに適したブラシを使用する。それによってスムーズに、素早く、隅々までしっかりと磨くことができるのです。
※プラークとは、食べかすや糖分などを栄養源にして急速に増加する細菌のこと。歯に定着することで、むし歯や歯周病の原因になります。
――セルフケアに対する意識の違いによって、結果に大きな差が生まれるのでしょうか?
関山 予防歯科先進国として有名なスウェーデンでも、30年前は“むし歯洪水時代”を迎えていました。当時のスウェーデンは、このままでは国家経済に悪影響を及ぼすと判断し、国をあげてバイオフィルム(口の中にいる細菌のかたまり)をコントロールする予防に取り組んだのです。
その結果は、日本とスウェーデンの80歳時点での残存歯数を比較してみれば明らかです。日本人がわずか15本のところ、スウェーデン人は25本も残っています。
欧米では“歯の状態”が人の評価まで左右する!?
――なぜ、欧米と日本では歯のケアに対する意識にこんなにも差があるのでしょうか?
関山 ひとつは、保険制度の違いが大きく影響していると思われます。日本の場合、保険が適用されるので歯の治療費はあまり負担になりません。一方、欧米では1本につき数万円の治療費が必要になる場合もあります。つまり、治療を受けること自体がリスクになるわけです。それを回避するために、予防に取り組むという意識が生まれるのも当然でしょう。
もうひとつの要因として、文化的背景が考えられます。アメリカでは、「歯並びが悪い=育ってきた環境が悪い」と認識されることがあるそうです。ましてや小さな子どもの歯並びが悪いまま放置されていると、周囲がネグレクトを疑い始めるなんてことも!
このようにアメリカ人と日本人では、歯への意識が大きく違っているのは確かです。ちなみにスウェーデンでは、20歳になるまで歯科医療費はすべて無料。歯列矯正も対象になっています。国をあげて、20歳までにオーラルケアをしやすい環境づくりと口腔衛生への教育を行なっているのです。
――グローバル化が進んでいる今だからこそ、私たち日本人もオーラルケアに対する意識を変えないといけなさそうですね。
関山 アメリカにはハグの習慣がありますから、歯並びの悪さだけでなく、歯周病のニオイも大問題。「この人とハグしたくない、ビジネスをしたくない」という話にもなりかねません。国際的なパーティーに参加する場合も同様です。「どんなに綺麗なドレスを着ていても、どんなにタキシードでビシッと決めていても、歯があれでは……」と初対面のイメージが悪くなります。たとえ仕事ができる人であろうと、いかに美しい人であろうと、自分のケアをできない人だと認識されてしまう可能性がある。それほどに口元は重要なパーツなのです。
歯は、自己実現や食事など人間のあらゆる欲求にかかわる器官です。意識と行動次第で現状を維持することも、悪化の一途をたどることも、より良い状態にすることもできます。自分でコントロールが可能なのです。オーラルケアに対する正しい知識を獲得して、100歳になっても美しく健康な歯で好きなものを食べ、大切な人とおしゃべりし、大きく口を開けて笑っていただきたいと思います。