新型コロナウイルス感染拡大の影響で、教育現場ではリモート授業の導入が進んでいます。本記事では、慶應義塾普通部、東京海洋大学、早稲田大学等で非常勤講師をしながら「海外教育」の研究を続ける、本柳とみ子氏の著書『日本人教師が見たオーストラリアの学校 コアラの国の教育レシピ』より一部を抜粋・再編集し、教育先進国である「オーストラリア」の教育現場について、日本と比較しながら紹介していきます。
日本人には馴染みのない…英語圏の人々にとって“外国語”とは何か? (※写真はイメージです/PIXTA)

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オーストラリアが「STEM教育」に力を入れるワケ

日本では2020年からプログラミング教育が開始されたが、まだ手探り状態という学校も多い。オーストラリアでは2016年からSTEM(Science,Technology,Engineering and Mathematics)教育の一環としてICT教育が行われている。

 

STEM教育は、科学、技術、工学、数学の教育分野を総称するもので、2000年代にアメリカで始まった教育モデルと言われている。

 

オーストラリアでは連邦政府と州政府のいずれもがSTEM教育に力を入れるが、その背景にあるのは、国際競争力を高め、これまでの資源立国から科学立国、IT立国に変わろうという国の戦略だ。子どもたちの理数離れ対策でもある。

 

クイーンズランド州に目を向けても、近年、州立学校では子どもたちの理数離れが顕著に見られる。理数科の教師も不足している。

 

特に、初等学校では、全般的に理数科に対する教師の意識が低く、教師自身も十分な知識を有していないことが多い。理数科の授業を実施できる教師が不足しているのだ。

 

そこで、州は2015年に「教育推進計画(Advancing Education Action Plan)」を開始し、2016年からプログラミングやコーディング、ロボット工学を取り入れた授業を行うようになった。そのための専門教師も配置されている。

小学校でロボット工学やコーディングの学習が可能

私がたびたび訪れる学校でも2016年に複数のロボットを購入し、プログラミングの授業を始めた。2020年度には、連邦政府の助成金(1万9500豪ドル)を獲得してICTの設備や教員の拡充を図るとともに、地域の小学校やハイスクールと連携してデジタル工学のカリキュラムをスタートさせた。

 

予算は主にタブレットの購入に使用され、ロボット工学とコーディングの学習に活用されている。コーディングクラブが新たに設置され、4年生から6年生の児童が放課後の学習に参加している。

 

5、6年生は週に1回近隣のハイスクールの授業に参加し、高校生と一緒にロボット操作を行うこともできる。生徒の中には政府が実施するコーディングの大会に参加し、優秀な成績を収める者もいるという。補助金の獲得に尽力した校長が嬉しそうに話してくれた。

 

また、私が個人的に親しくしている他校の男性教師は、2015年に政府の奨学金を得て米国のNASAで行われたロケット打ち上げの研修に参加し、その後はSTEM教育推進リーダーとしてケアンズの初等学校を拠点に活躍している。

 

STEM教育に費やす政府の予算が少なくないことを感じさせる。

多様な言語を学ぶことができる…「LOTE教育」の実際

日本で外国語教育といえば、ほとんどが英語教育。他の言語を教える学校もないわけではないが、公立学校では圧倒的に英語が多い。小学校で導入された外国語活動も「外国語」という名で呼ばれてはいるものの、大多数の学校で教えられているのは英語だ。

 

なぜ英語活動と言わないのだろうと思ったりする。外国籍の子どもたちが増えるなか、英語を母語とする子どもにとって英語は外国語ではないはずだ。日本では「外国語イコール英語」と考える向きが強いように思う。

 

それはさておき、オーストラリアの外国語教育は日本とは違う。多様な言語が教えられている。

オーストラリアで「外国語」を規定するのが難しいワケ

そもそも、オーストラリアでは外国語という概念を規定するのが難しい。公用語が英語だから、英語以外の言語が外国語なのだろうか。

 

でも、国内には英語以外の言語を母語とする人はたくさんいる。だから、ある人にとっては外国語でも、その言語を母語とする人にとっては外国語ではない。だからなのか、外国語(foreign languages)と言わず、英語以外の言語(Languages Other Than English、以下、LOTE)と言っている。

 

オーストラリアは、多文化主義政策のもと言語教育に力を入れてきた国だ。移民の言語は権利として保持されるべきであり、社会の貴重な資源としても活用すべきだという認識から、LOTE教育が連邦政府の主導で始まった。

 

当初は、アラビア語、フランス語、イタリア語、スペイン語、ドイツ語、ギリシャ語、インドネシア・マレー語、中国語、そして、日本語の9言語が学習優先言語とされた。特に、日本語の人気は高く、学習者が急増した1980年代は、「TSUNAMI(津波)」と呼ばれる現象まで巻き起こした。

 

その後、オーストラリアがアジアの一員としての存在感を高めると、LOTE教育の重点はアジアの言語に置かれるようになり、日本語、中国語、韓国語、インドネシア語が優先言語となる。

ビクトリア州の公立学校で学べる言語は24種類

さらに、グローバル化の中で公用語である英語の役割が高まり、移民の言語に対する人々の認識も変容し、LOTEを学習する生徒の数は徐々に減少していく。オーストラリア政府も政策転換を図り、優先課題がLOTEから他の分野に移っていった。

 

とはいえ、オーストラリアのLOTE教育は今も多くの学校で実施されている。学習者の数も学習言語の数も多い。たとえば、ビクトリア州では、公立学校の9割でLOTEが教えられ、生徒の7割以上が学んでいる。

 

教えられる言語は24種類。最も多いのは中国語で、イタリア語、日本語、インドネシア語、フランス語、オーストラリア手話(Auslan)、ドイツ語、スペイン語、ベトナム語と続く。

 

興味深いのは手話が言語の一つとされていることだ。

学校で教えられていない言語でも学べる環境がある

通常学校で何語を教えるかは、各学校が自由に決める。地域のニーズや生徒の実態、学校コミュニティの意見などを参考にして決めるが、教師の確保など条件が整わず、希望通りに実施できないこともある。

 

何年か実施して、実態に合わなくなれば途中で変更することも可能だ。校長の意向で決まることもあるらしく、校長が代わったらLOTEも別の言語になったという話を聞いたりする。

 

自分の学校で教えられていない言語を学びたい場合、校長の許可を得て他校の授業を受講するということも行われている。

州が運営する「言語学校」は小学生でも履修可能

LOTE教育は言語学校や民族学校でも行われている。言語学校は州が運営し、州立学校の教室や公共施設を利用して放課後や土曜日に行う。公立、私立いずれの生徒も入学でき、遠隔でも受講できる。

 

ビクトリア州では43カ所の学習センターで行われている。52種類の言語が教えられ、1万8千人以上が学んでいる。学習者数は年々増えており、特に、小学生の履修が増えている。

 

通常は土曜日の午前中に授業が行われ、中国語、パンジャブ語、ベトナム語、日本語、アラビア語、ヒンズー語の学習者が多い。

外国語教育には母語、コミュニティ言語教育の側面も

民族学校のプログラムは、NPOなどが運営し、集会施設などを使ってコミュニティ言語(地域で話されている言語)や母語を学習する。州内に167カ所あり、3万5千人が学んでいる。40種類の言語が教えられており、こちらは、中国語、ギリシャ語、ベトナム語、アラビア語、タミル語の学習者が多い。

 

いずれにしても、LOTE教育は連邦政府の言語教育政策により推進されてきたという歴史があり、外国語教育、母語教育、コミュニティ言語教育としての要素を兼ね備えている。

 

学習を通して、言語リテラシー、批判的思考力、分析力、課題解決能力などを習得するとともに、異文化理解と異文化を尊重する態度も育成し、将来の就業やキャリア形成にも有意義だと考えられている。

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教育学博士
本柳 とみ子


公立中学校で26年間教鞭をとったあと、大学院で海外の教育について研究を始める。その後、慶應義塾普通部、東京海洋大学、早稲田大学等で非常勤講師をしながら研究を続ける。2012年、早稲田大学大学院教育学研究科博士後期課程修了。博士(教育学)