銀行の融資体制を一新する!? 「電子記録債権」の未来

電子記録債権をベースにした企業間決済のプラットフォーム構築を手掛けるTranzaxの小倉隆志社長と国際金融・決済を専門とする宿輪純一・帝京大学教授が、フィンテックが切り開く新たな決済の仕組みを明らかにする本企画。最終回は、銀行の融資体制を一新する可能性を秘めた「電子記録債権」の今後について語っていただいた。

実証実験が進む「発注書」の電子記録債権化

小倉 では、電子記録債権の課題をあえてあげるとすればなんでしょうか?

 

宿輪 まずはシステム上の問題ですね。日本の大企業は独自に勘定システムを構築してきました。そのへんにあるパッケージソフトを導入しているという大企業は少ない。そのため、手形取引の電子化を進めるうえでは、大きなシステム投資が必要になります。企業の勘定システムは、ごく一部を改修すればいいというものではないんです。まったく別の発注システムと連動していて、自動的に勘定システムの情報を読み込む作りになっているものも多いので。それを知らずに、部署ごとに異なる会社に発注して、システムを構築しているケースもある。

 

小倉 電子記録債権を利用するに際しては、取引先の合意も取りつけなくてはならない、というハードルもありますよね。

 

宿輪 確かに、それも大きなハードルと言えるかもしれませんね。下請企業が1000社ある大企業であれば、電子記録債権機関とその発行企業と下請との三者間契約を1000本結ばないといけない。ただ、最も大きな課題は、認知度の低さでしょうね。金融庁にもっとその有効性を説明していただく必要があります。

 

小倉 それはありますね(笑)。ただ、経済産業省さんのEDI(電子商取引)の実証実験のなかで、当社の電子記録債権を活用した決済プラットフォーム事業を取り上げてもらっているんです。世界初となる、受注の段階で電子記録債権を発行して、いつでも現金化できるようにサービスです。

 

宿輪 それは面白いですね。発注書の電子記録債権化ということですかね?

 

小倉 そのとおりです。これまで当社が進めてきたのは、あくまで手形の電子化でした。プライマリーメーカー(発注企業)さんと、そのメインバンクとでSPC(特定目的会社)を設立してもらい、メーカーがサプライヤー(納入企業)に対して電子記録債権を発行した際には、その債権を金融機関ではなく、SPCが割り引いて資金化を支援するという決済プラットフォームの構築をさまざまな企業に提案してきました。

 

一般に、手形を金融機関で割り引いてもらう際には、発行企業のクレジット(信用)に準じた割引率ではなく、持ち込んだ企業のクレジットに準じて割り引かれます。それも、その割引率は持ち込んだ企業の負担。しかし、当社のサービスを利用すればプライマリーメーカーのクレジットに準じて、メガバンクがSPCに出資して、その資金を原資に債権の割引を行うため、大幅に割引率を抑えることができるわけです。

 

Tranzax代表取締役社長 小倉隆志氏 帝京大学経済学部教授 宿輪純一氏
Tranzax代表取締役社長 小倉隆志氏                           帝京大学経済学部教授 宿輪純一氏

 

中小企業にとって、資金化がスムーズになる仕組み

宿輪 その電子化された手形を低コストで資金化できるサービスを前進させて、発注書の段階で資金化できるサービスにしていくというわけですね。それは、金融の仕組みを大きく変える可能性があると感じています。

 

というのも、私も銀行にいたからよくわかるのですが、銀行は一般的には会社の数年分の決算書をチェックして、「そろそろ大丈夫そうですね」と、企業に融資するわけです。当然、できたばかりの企業にはお金を貸しにくいんです。「いやいや、大手企業との取引がすでに決まっているので融資してください」といっても、審査は通りにくいのではないでしょうか。

 

ところがいうなればTranzaxのサービスは、そういった企業にも資金を貸し出せる仕組みです。電子記録債権化された発注書を担保に、融資を行う仕組みですからね。これならば、実績はなくとも技術力に優れた企業へも積極的に融資できるようになる。今の銀行では信用力に優れた大企業に超低金利で貸し出し、信用力に乏しい中小企業には貸さないという、融資の二極分化が進んでいますが、リスクを取って企業を育てるという本来の融資業務に立ち戻ることも可能でしょう。

 

それも、中小企業にとっては資金化が非常にスムーズになる。本来、中小企業が発注を受けても、製品を納入するまでに下手をすると数か月かかります。納入した段階で売掛債権が発生しますが、納入した製品の代金が支払われるのは翌々月で、その支払いが手形だったりすると額面通りのお金を受け取るのに、さらに最長120日かかったりもする。その資金化までの時間を一気に圧縮できるわけですからね。

 

小倉 そのとおりです。売掛債権融資も浸透してきていますが、その債権が発生するまでに時間がかかるんですよね。おまけに、売掛債権を担保に融資を受ける場合には、受注先の判子をもらいに行ったり、何かと手間がかかる。そうした手間暇もコストも一掃されるサービスになるでしょう。

 

宿輪 金融庁の方針にも即していますよね。昨年、森信親長官の名を冠した「森ドクトリン」が、地銀関係者の間で特に話題になりました。それまでの金融庁の監督・検査は不良債権をつくらせないことに主軸を置いていましたが、その影響で銀行経営が「守り」一辺倒になってしまって、中小企業への貸し出しが減少の一途をたどってしまいました。

 

本来、地銀は地場企業を育て、地域経済の成長を後押しすることを使命としていたはずなのに、そこから大きく乖離した姿勢を取ってきてしまったのです。そのなかで、森ドクトリンは“地銀改革”を一丁目一番地のテーマに据えました。担保に頼らない地元企業への融資や起業家育成など地域貢献を重視する姿勢を明確にしたわけです。

 

地銀に対して、「地元中小向け融資に占める無担保・無保証融資の割合」「全取引先数と地元取引先数の推移」「創業支援した取引先数」「創業からの期間別取引先数と融資額」「主要取引先のうち経営改善提案を行っている件数」という具体的なベンチマークも示されました。これ受けて今、地銀は融資体制の見直しを全店挙げて進めているのです。その点で、Tranzaxが手掛ける発注書の電子記録債権化事業は、多くの中小企業を取引先に持つ地銀にとてもありがたい話です。

 

小倉 仮に今後、売掛債権の6割を手形が占めたピーク時の規模まで電子記録債権市場が成長すれば、発行金額にして120兆円程度まで拡大する可能性があると見ています。もちろんメガバンク系の電子記録債権機関のシェアが多くを占めることになるかもしれませんが、当社のサービスで20~30兆円のシェアを握るまでに成長できたらと(笑)。

 

宿輪 大いに成長が期待されますね。あとは、やっぱり認知度の問題でしょう(笑)。

 

日本初のFinTech拠点「FINOLAB(フィノラボ)」(東京・大手町)にて
日本初のFinTech拠点「FINOLAB(フィノラボ)」(東京・大手町)にて

 

帝京大学 経済学部経済学科 教授

博士(経済学)。帝京大学経済学部経済学科教授。慶應義塾大学経済学部非常勤講師(国際金融論)も兼務。1963年、東京生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、87年富士銀行(新橋支店)に入行。国際資金為替部、海外勤務等。98年三和銀行に移籍。企画部等勤務。2002年合併でUFJ銀行・UFJホールディングス。経営企画部、国際企画部等勤務、06年合併で三菱東京UFJ銀行。企画部経済調査室等勤務、15年3月退職。4月より現職。兼務で03年から東京大学大学院、早稲田大学等で教鞭。財務省・金融庁・経済産業省・外務省等の経済・金融関係委員会にも参加。06年よりボランティアによる公開講義「宿輪ゼミ」を主催し、4月で11周年、開催は220回を超え、会員は1万2千人を超えた。プロの映画評論家としても活躍中。著作は『通貨経済入門(第2版)』(日本経済新聞社)、『決済インフラ入門』(東洋経済新報社)などはじめ他多数。

著者紹介

Tranzax株式会社 代表取締役社長

一橋大学卒業後、野村證券に入社。金融法人部リレーションシップマネージャーとして、ストラクチャード・ファイナンス並びに大型案件の立案から実行まで手掛ける。主計部では経営計画を担当。経営改革プロジェクトを推進し、事業再構築にも取り組んだ。2004年4月にエフエム東京執行役員経営企画局長に。同年10月には放送と通信の融合に向けて、モバイルIT上場企業のジグノシステムを買収。2007年4月にはCSK-IS執行役員就任。福岡市のデジタル放送実証実験、電子記録債権に関する研究開発に取り組んだ。2009年に日本電子記録債権研究所(現Tranzax)を設立。

著者紹介

連載高成長が期待されるフィンテックの未来図~最大の注目株「電子記録債権」の先進性とは?

取材・文/田茂井 治 撮影/永井 浩 
※本インタビューは、2017年4月26日に収録したものです。