電子記録債権をベースにした企業間決済のプラットフォーム構築を手掛けるTranzaxの小倉隆志社長と国際金融・決済を専門とする宿輪純一・帝京大学教授が、フィンテックが切り開く新たな決済の仕組みを明らかにする本企画。第4回目は、フィンテックで最も注目を浴びる「仮想通貨とブロックチェーン」の実用化とその課題について語っていただいた。

仮想通貨を多くを「中国」が保有している理由

小倉 これまでフィンテックの3つの注目分野のうち、金融分野、そして前回は付帯業務について解説していただきましたが、最後の仮想通貨についてはいかがですか?

 

宿輪 これも「日本では」浸透しにくいと考えています。ビットコインだけでなく、リップルやライトコイン、イーサリアムなど、さまざまな仮想通貨が登場していますが、最近、その取引のほとんどは中国です。なぜかというと、資産フライトの手段として仮想通貨に注目が集まったからです。

 

中国では厳しい資本規制が導入されており、大きな額の人民元を海外に持ち出すことができない。だからビットコインに変えて、海外に持ち出すという動きが活発になったのです。ビットコインの値動きを見ても、金融不安が起きると大きく値上がりするのがよくわかります。過去には2013年のギリシャ危機の影響を受けてキプロスで金融危機が発生した際にも、多くのキプロス国民が現金をビットコインに替えたと言われています。

 

つまり、通貨の信頼性に乏しい国でしかニーズがない。日本でもビッグカメラがビットコインでの支払いを可能にしたりする例が登場していますが、日本のビットコイン取引の9割以上が投資目的にすぎません。決済で利用される割合は1割にも満たないのです。

 

小倉 確かに、お給料を現金でなく、ビットコインで支払うと言われて喜ぶ人は少なそうです(笑)。

 

帝京大学経済学部教授 宿輪純一氏
帝京大学経済学部教授 宿輪純一氏

宿輪 ですよね(笑)。4月1日からは改正資金決済法が施行され、ビットコインなどの仮想通貨を取り扱う事業者は「仮想通貨交換業」としての登録が義務付けられました。これに伴い、「仮想通貨が明確に定義された」「通貨として認められた」と報じるところも少なくありませんでしたが、あくまで財産的価値を有する新たな金融商品という位置づけです。決して、「通貨」ではない。通貨でないことを明確にしたんです。どちらかといえば、金や銀に近いもの。その点でいうと、実際、仮想通貨交換業務の登録制は、規制強化です。

 

金融庁が懸念しているのは、マネーロンダリングと価格の乱高下で、仮想通貨で個人が大きな損失を被るのは、金融庁としても避けたい。2014年には、ビットコイン取引所大手のマウントゴックスが破綻して大問題になったじゃないですか。

 

小倉 ただ、ビットコインを支えるブロックチェーン技術は、日本の3大メガバンクも実証実験を行うほど注目を集めていますね。

 

宿輪 全銀システムをブロックチェーンに置き換えるという実験ですね。確かに、ブロックチェーン技術を導入すれば、情報処理に費やすコストが10分の1にもなると言われていますが、計算根拠が良く分かりません。さらに実用化はありえないと考えています。ビットコインの仕組みを考えれば、その理由はよくわかります。

 

ビットコインはある人からある人にコインが受け渡される際、外部のユーザーが確認(承認)します。膨大な演算処理を分散することで決済を成り立たせています。その決済台帳はブロック化されたうえで、チェーンのように数珠つなぎにして、ビットコインのユーザーすべてで共有されている。すべてのユーザーが情報共有することで信頼性を担保しているわけです。

 

ところが、その演算処理の大半は、中国で行われている。演算処理をネットワーク上で提供することを、ビットコインの世界では「マイニング(採掘)」と言います。その処理を手伝うことで、わずかなビットコインが報酬としてもらえるわけです。そのために、複数のユーザーが共同で“プール”を形成しているのですが、その大半を占めているのが中国のパソコンなのです。

 

10分程度の時間を要するビットコインの決済

小倉 結局、分散化とは名ばかりの寡占化なわけですね。

 

宿輪 これを銀行がやってみてくださいよ。もう、決済情報を外部の方々に見られるというリスクがありますよ。暗号化はするんでしょうが。

 

Tranzax代表取締役社長 小倉隆志氏
Tranzax代表取締役社長 小倉隆志氏

小倉 それでも、銀行がブロックチェーンの実証実験を行った理由はなんですか?

 

宿輪 それは株主の期待に応えるという面があったのではないでしょうかね。株主総会で「ブロックチェーンをやってます」と言えば、聞こえがよく、株価にもプラスです。ただ、この技術に精通した投資家は「ブロックチェーンなら、個人の口座情報を誰もが確認できてしまうのでは?」と質問するでしょう。「いやいや、そうならない技術を使います」と銀行側が答えたら、「それじゃあ、ブロックチェーンじゃないじゃないか」となる。

 

銀行同士で確認し合うだけのブロックチェーンなら、全銀システムと変わりありません。だから、実用化には至らないと考えています。確かにコストは下がるかもしれませんが、ビットコインの決済(確認)には約10分程度の時間を要するのです。それだけの時間がかかる演算処理を課すよう、プログラムに組み込まれているんです。10分かかるなら、瞬時に決済できる全銀システムで十分でしょう。

 

小倉 メガバンクは独自の仮想通貨の開発も進めていますよね。

 

宿輪 三菱UFJは「MUFGコイン」を開発するなど先行していますが、1MUFGコイン=1円で、これでは電子マネーです。「Suica」と一緒。実質的にはポイントサービスでもあります。つまり、銀行以外に星の数ほど先行している企業があるわけです。個人間で電子マネーをやり取りする新たな仕組みを検討されているところもありますが、フィンテックというキーワードが登場する以前から浸透してきたサービスという点で、それほど目新しい話題ではないかと思っています。

 

取材・文/田茂井 治 撮影/永井 浩 
※本インタビューは、2017年4月26日に収録したものです。