(※写真はイメージです/PIXTA)
実家へ帰省しない理由
「このお菓子、どうしたらいいんでしょうね。私たちは食べないので……」
地方の郊外住宅地で暮らす明さん(76歳)と同い年の妻の久子さん。地域の過疎化が進むなか、夫婦2人の国民年金と厚生年金を合わせた受給額は月約19万円です。決して贅沢ができる額ではありませんが、日々の支出を切り詰めながら静かに暮らしてきました。
そんな2人がなによりも楽しみにしていたのが、東京で働く長男・直哉さん(39歳)一家の帰省でした。
「以前は友人と集まる機会も多かったのですが、ここ数年は体調を崩す人や施設に入る人が増え、気づけば普段会話をするのは妻だけになっていました。それだけに、息子の家族が帰ってくる盆暮れの数日間だけが、私たち夫婦の唯一の楽しみだったんです」
毎年盆暮れの年2回、家族で帰省してくる直哉さん。しかし、今年の盆は「受験の天王山だから、夏期講習と合宿で東京を離れられない」と見送られ、一年近く、孫の顔を見られない状態が続いていました。
「寂しいけれど、孫の将来のためなら仕方がない。その代わり、年末年始には久しぶりに家族みんなの顔が見られるだろう」
そう自分たちに言い聞かせた明さんと久子さんは、11月に入るとすぐに息子家族を迎える準備を始めました。使っていなかった2階の和室に風を通し、客用布団を干し、孫が好きなスナック菓子を少しずつ買い集めては、年末までの日数を指折り数えて待っていたのです。
ところが11月下旬の週末、久子さんのスマホに直哉さんからLINEが届きます。
『年末もそっちには行かないよ』
驚いた久子さんは、すぐに直哉さんへ電話をかけました。直哉さんは、事情を説明しはじめました。1月からの入試本番を控えてインフルエンザなどの感染症にかかるリスクを避けたいこと、そして家族4人で新幹線を使って往復すると交通費だけで十数万円単位の出費になってしまうことなどを並べ立てます。さらに直哉さんは、ごく自然な口調でこう続けました。
「長距離の移動も子どもに負担だし、その移動費を受験の息抜きも兼ねて近場の温泉宿に泊まる費用に回そうかって話になってさ。そっちに行くより体も楽だし有意義だから。浮いた分、じいじたちも孫への合格祝いとお年玉、いつもより少し色をつけて口座に振り込んでくれると助かるよ」
電話を終えた久子さんは、隣で聞いていた明さんと顔を見合わせました。
感染症対策や受験の重圧は決して嘘ではないのでしょう。しかし、直哉さんの言葉の端々からは、親からの経済的な援助だけは変わらず期待している打算的な空気が滲み出ていました。
「交通費がかかるのも、受験が大変なのもわかります。ですが、孫のためにと綺麗に整えた布団や買い溜めたお菓子を見ていると、胸が締め付けられるようでした。私たちはただ顔を見て元気な姿を確かめたかっただけなのに、遠く離れた息子にとって、実家は都合のいい存在になってしまったのでしょうか」
明さんの表情には、深い寂しさと割り切れない虚しさが広がっていました。