親の高齢化に伴い、同居して身の回りの世話をしたり、日々の暮らしを支えたりする子どもは少なくありません。しかし、親を思う気持ちがあっても、生活習慣や価値観の違いから、同居が負担になることもあります。親の安心と自分自身の人生をどう両立させるのか。長年の親子関係を見つめ直すうえで、考えておきたいことがあります。※本記事に掲載している事例は、プライバシー保護および情報の一般化のため、実際の相談事例をベースに一部の数値や設定を変更・再構成したモデルケースです。
「母さん、ごめん…もう無理」〈月収45万円〉53歳独身息子、〈年金月10万円〉77歳母を実家に残し、初めて一人暮らしを始めた理由 ※写真はイメージです/PIXTA

「私を一人にするの?」…母の言葉に揺れた決意

自分の家を借り、仕事の後や休日は自分のペースで過ごす。母とは必要に応じて連絡を取り、様子を見に行く。そうすれば、今よりも落ち着いて母と向き合えるかもしれないと思ったのです。

 

しかし、母に話すのは簡単ではありませんでした。誠さんは、家賃や食費、光熱費などを計算し、無理なく暮らせる範囲で単身者用のマンションを探しました。53歳にして初めての一人暮らしです。楽しみがある一方で、生活費が増えることへの不安もありました。

 

それ以上に気がかりだったのは、母の反応です。ある晩、誠さんは意を決して切り出しました。

 

「俺、家を出ようと思うんだ」

 

洋子さんは、すぐには意味をのみ込めなかったようでした。

 

「どうして? ここにいればいいじゃない。何か困ることがあるの?」

 

誠さんは、仕事から帰っても気が休まらないこと、自分の時間を持ちたいことを説明しました。しかし、母には突然の話に聞こえたのかもしれません。

 

「私をひとりにするの?」

 

その言葉に、誠さんは返す言葉を失いました。母を心配する気持ちがなかったわけではありません。これまで同居を続けてきたのも、母を支えたいと思っていたからです。それでも、この先もずっと同じ暮らしを続けることはできない。そう感じていました。

 

「母さんのことが嫌いなわけじゃない。でも自分だけの時間が欲しいんだ」

 

ようやく口にした本音でした。母を傷つけるかもしれないと思い、ずっと言えずにいた言葉です。洋子さんは納得できない様子だったといいます。年金は月10万円。息子が出ていけば、家のことも生活のことも、これまで以上に自分で考えなければなりません。寂しさだけでなく、先々の生活への不安もあったのでしょう。

 

誠さんも、母を残して出ていくことに後ろめたさを感じていました。自分だけが自由になるようで、申し訳ない気持ちもあります。それでも、同居を続けることで母への不満を募らせ、関係を悪くしてしまうのは避けたいと考えました。

 

そこで、誠さんは別居後も母の様子を確認できるよう、連絡の頻度や困ったときの対応を考えることにしました。母の体調が悪くなったときにどこへ相談するか、日常生活で難しいことが出てきたらどうするか。すべてを自分ひとりで抱え込むのではなく、必要に応じて外部の支援も利用するつもりでした。

 

準備をすべて整えて、誠さんは実家を出ました。といっても、新居は実家から徒歩で30分、車なら10分で駆けつけられる場所です。それでも、初めて自分だけの家、自分の時間を自分で決められることに、ほっとしたと振り返ります。

 

一方で、母を実家に残してきたことへの心配が消えたわけではありません。これでよかったのかと考えることもあるそうです。ただ、離れて暮らすようになってから、母とは落ち着いて話せるようになったといいます。

 

「以前は、母と話していてもどこかイライラしていましたが、今はありません。母は母で、以前よりご近所の方と話す機会が増えたとのことです。この年で実家を出ましたが、悪いことばかりではなかったと思います」

 

国立社会保障・人口問題研究所『第16回出生動向基本調査』によると、親と同居する未婚者の割合は男性で65.9%、女性で72.1%と高い水準にあります。一方で、同研究所『第9回世帯動態調査(2024年)』では単独(一人暮らし)世帯の割合が30.2%と最多を占めており、世帯の単身化が進んでいます。

 

高齢の親との同居は経済的な利点がある反面、生活習慣のズレや精神的な負担が蓄積しやすい傾向があります。共倒れを防ぎ良好な親子関係を維持するためには、外部の支援サービス等を活用しつつ、適度な距離感を保つ居住スタイルが有効な選択肢となります。