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「私を一人にするの?」…母の言葉に揺れた決意
自分の家を借り、仕事の後や休日は自分のペースで過ごす。母とは必要に応じて連絡を取り、様子を見に行く。そうすれば、今よりも落ち着いて母と向き合えるかもしれないと思ったのです。
しかし、母に話すのは簡単ではありませんでした。誠さんは、家賃や食費、光熱費などを計算し、無理なく暮らせる範囲で単身者用のマンションを探しました。53歳にして初めての一人暮らしです。楽しみがある一方で、生活費が増えることへの不安もありました。
それ以上に気がかりだったのは、母の反応です。ある晩、誠さんは意を決して切り出しました。
「俺、家を出ようと思うんだ」
洋子さんは、すぐには意味をのみ込めなかったようでした。
「どうして? ここにいればいいじゃない。何か困ることがあるの?」
誠さんは、仕事から帰っても気が休まらないこと、自分の時間を持ちたいことを説明しました。しかし、母には突然の話に聞こえたのかもしれません。
「私をひとりにするの?」
その言葉に、誠さんは返す言葉を失いました。母を心配する気持ちがなかったわけではありません。これまで同居を続けてきたのも、母を支えたいと思っていたからです。それでも、この先もずっと同じ暮らしを続けることはできない。そう感じていました。
「母さんのことが嫌いなわけじゃない。でも自分だけの時間が欲しいんだ」
ようやく口にした本音でした。母を傷つけるかもしれないと思い、ずっと言えずにいた言葉です。洋子さんは納得できない様子だったといいます。年金は月10万円。息子が出ていけば、家のことも生活のことも、これまで以上に自分で考えなければなりません。寂しさだけでなく、先々の生活への不安もあったのでしょう。
誠さんも、母を残して出ていくことに後ろめたさを感じていました。自分だけが自由になるようで、申し訳ない気持ちもあります。それでも、同居を続けることで母への不満を募らせ、関係を悪くしてしまうのは避けたいと考えました。
そこで、誠さんは別居後も母の様子を確認できるよう、連絡の頻度や困ったときの対応を考えることにしました。母の体調が悪くなったときにどこへ相談するか、日常生活で難しいことが出てきたらどうするか。すべてを自分ひとりで抱え込むのではなく、必要に応じて外部の支援も利用するつもりでした。
準備をすべて整えて、誠さんは実家を出ました。といっても、新居は実家から徒歩で30分、車なら10分で駆けつけられる場所です。それでも、初めて自分だけの家、自分の時間を自分で決められることに、ほっとしたと振り返ります。
一方で、母を実家に残してきたことへの心配が消えたわけではありません。これでよかったのかと考えることもあるそうです。ただ、離れて暮らすようになってから、母とは落ち着いて話せるようになったといいます。
「以前は、母と話していてもどこかイライラしていましたが、今はありません。母は母で、以前よりご近所の方と話す機会が増えたとのことです。この年で実家を出ましたが、悪いことばかりではなかったと思います」
国立社会保障・人口問題研究所『第16回出生動向基本調査』によると、親と同居する未婚者の割合は男性で65.9%、女性で72.1%と高い水準にあります。一方で、同研究所『第9回世帯動態調査(2024年)』では単独(一人暮らし)世帯の割合が30.2%と最多を占めており、世帯の単身化が進んでいます。
高齢の親との同居は経済的な利点がある反面、生活習慣のズレや精神的な負担が蓄積しやすい傾向があります。共倒れを防ぎ良好な親子関係を維持するためには、外部の支援サービス等を活用しつつ、適度な距離感を保つ居住スタイルが有効な選択肢となります。