高齢の親に運転免許証の返納を勧めても、「まだ運転できる」「年寄り扱いするな」と拒まれてしまう――事故を起こしてからでは遅いとわかっていても、本人の意思を無視して強引に進めるわけにはいきません。ある家族の事例から、本人の気持ちを尊重しながら、安全な暮らしを考えるためのヒントを探ります。※本記事に掲載している事例は、プライバシー保護および情報の一般化のため、実際の相談事例をベースに一部の数値や設定を変更・再構成したモデルケースです。
「まだ運転できる!」…免許返納を頑なに拒む78歳父が、娘の一言に〈素直に鍵を差し出した〉ワケ ※写真はイメージです/PIXTA

「年寄り扱いするな!」免許返納を拒み続けた78歳父

「免許は絶対に返さん。まだ自分で運転できるんだから」

 

78歳の高橋博さん(仮名)は、娘から運転免許証の返納を勧められるたびに、こう言い返していました。

 

地方都市で妻と暮らす博さん。長年、車で通勤していたこともあり、運転は日常生活の一部でした。近所のスーパーへの買い物や通院にも車を使います。バスの本数は少なく、最寄り駅までも距離があるため、車がなければ不便だという事情もありました。

 

娘の陽子さん(52歳・仮名)が返納を心配するようになったのは、父が運転中の出来事を話すようになったからです。

 

「この前、交差点で右折するタイミングがわからなくなった」

 

本人は何気なく話していましたが、陽子さんは気になりました。以前なら迷わなかった場面で判断に時間がかかるようになったのなら、運転を続けて大丈夫なのだろうか。そう考えたのです。

 

陽子さんは、帰省するたびに免許返納の話を持ち出しました。

 

「お父さんも、もう78歳なんだから。事故を起こしたら大変だよ」

「俺より運転が下手な若い人だっているだろう」

「そういう問題じゃないよ。何かあってからじゃ遅いんだから」

「年寄り扱いするな!」

 

話し合いは、いつも同じところで終わりました。

 

警察庁の運転免許統計によると、2025年に申請によって運転免許が取り消された件数は43万5,067件。このうち75歳以上は26万915件で、全体の約6割を占めています。高齢になって運転をやめる選択をする人が多い一方、返納をためらう人にとっては、その後の生活をどう維持するかも大きな課題です。

 

陽子さんも、父の安全だけを考えて返納を迫っていたわけではありません。もし事故を起こせば、父自身だけでなく、相手の人生にも影響を及ぼしかねない。家族として、その可能性を見過ごすことはできませんでした。一方で、父が車を手放した後、買い物や通院をどうするのか。そこまで具体的に考えられていたわけではありません。

 

「車がなかったら、こんな不便なところでどうやって生きていくんだ」