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「まだ一人で暮らせる」79歳母の自宅で見たもの
「お母さん、これ、全部自分で書いたの?」
53歳の小林陽子さん(仮名)は、実家の壁や冷蔵庫、食器棚に貼られた大量のメモを見て、思わず尋ねました。
母の伊藤和子さん(79歳・仮名)は、夫を亡くしてから東京都内の持ち家で一人暮らしをしています。収入は月12万円の年金のみ。食費や光熱費、医療費などをやりくりしながら、長年暮らしてきた家を守ってきました。
そのようななか、2年ほど前から、和子さんには同じ話を繰り返したり、約束を忘れたりする変化が見られるようになりました。医療機関を受診した結果、認知症と診断されます。
陽子さんは母の生活を心配しましたが、和子さんは「まだ自分のことは自分でできる」と言い、施設への入居を勧めても受け入れませんでした。
「住み慣れた家を離れたくないの。ここなら、何がどこにあるかもわかるから」
母の気持ちは理解できます。しかし、離れて暮らす陽子さんには、日々の生活がどこまで成り立っているのかわかりません。電話で話しても、和子さんは「大丈夫」と繰り返すばかりでした。
そんなある日、陽子さんが実家を訪ねると、壁には「通院」「薬を飲む」「牛乳を買う」といったメモが何枚も貼られていました。冷蔵庫には食品の保存場所を記した紙があり、食器棚には「使ったら戻す」と書かれています。
さらに、テーブルの上にはノートが置かれていました。そこには、日付ごとに買い物の内容や予定が細かく記録されています。ただし、同じ買い物が何度も書かれていたり、日付が前後していたりする箇所もありました。
「忘れないように書いているのよ」
和子さんは、少し得意そうに話しました。
陽子さんは驚きました。母は、何もせずに暮らしていたわけではありません。忘れてしまうことを補うため、自分なりに工夫を重ねていたのです。
しかし、メモがあればすべて解決するわけでもありません。書いたこと自体を忘れたり、メモを見ても何をする予定だったのか思い出せなかったりすることもあるといいます。
陽子さんは、母が一人暮らしを続けるために努力していることを知る一方、以前と同じように生活できているわけではないことも実感しました。
経済産業省の公表資料では、2025年に自宅などで暮らす認知症の人は約640万人と推計されています。認知症のある人の暮らしの場は施設だけではありませんが、自宅での生活を続けるには、本人の状態や周囲の支援を踏まえて考える必要があります。