(※写真はイメージです/PIXTA)
定年退職した祖父、運動会を初観戦
「前の晩からビデオカメラを充電して、孫がトラックを駆け抜ける姿を特等席で見届けようと意気込んでいたんです。ところが、いざ行ってみたら、私の知っている運動会とはなにからなにまで違っていました」
今春に定年退職を迎え、時間に余裕ができた稔さん(65歳)。小学3年生になる孫の運動会を見に行けると聞き、胸を躍らせて小学校へ向かいました。
稔さんの記憶にある運動会といえば、家族総出の一大イベントでした。かつて自分の子どもたちが小学生だったころは、父親が早朝から校門前に並んでレジャーシートで場所を取り、母親は夜明け前から腕を振るって三段重ねの重箱に唐揚げやおにぎりを詰め込む。昼の合図とともに家族全員でシートを囲み、午後の部が終わるまで丸一日かけて応援するのが当たり前でした。
出かける前、長男の妻から「お義父さん、最近の運動会は昔とずいぶん雰囲気が違いますから、身軽な格好で来てくださいね」と声をかけられていましたが、軽く聞き流していました。
しかし、実際に足を踏み入れた校庭の光景に、稔さんは呆然と立ち尽くします。
「えっ、なんだこりゃ……?」
校庭にはレジャーシートも折りたたみ椅子も一切見当たりません。敷地内での敷物や椅子の設置は禁止されており、保護者はトラックの周囲に設けられた通路で立ち見をする決まりになっていました。大会の名称も「運動会」ではなく「スポーツ大会」。プログラムは午前中のみで終了し、昼食の時間はそもそも設けられていません。
さらに稔さんを驚かせたのは、徹底された「学年入れ替え制」でした。
保護者は我が子の学年の競技が始まる直前にだけ前方の撮影エリアへ進むことが許され、それ以外の時間は後方で待機しなければなりません。孫が出場する徒走とダンスを合わせても、目の前で観覧できた時間はわずか20分ほど。前後の待機時間を合わせても30分程度で出番は終わり、そのまま下校・帰宅の流れとなりました。
競技内容も、先生方が急ぎ足で淡々とスケジュールを消化している印象が否めず、団体種目も前年とほぼ同じ内容が繰り返されているように見えました。「先生方も多忙なのだろうが、せめて3種類ほどの種目を年ごとにローテーションするだけでも子どもたちにとって新鮮なはず。これでは楽しみにしていただろう子どもたちも少し不憫ではないか」と、稔さんは物足りなさを感じざるをえませんでした。
帰宅後、どことなく釈然としない表情を浮かべる稔さんに、嫁はこう説明しました。
「お義父さんのころと違って、いまは共働きの家庭が大半です。朝早くからお弁当を用意する負担がありませんし、午前中で終われば午後は子どもの習い事や家庭の用事に使えます。学年ごとに入れ替わるおかげで、背の低い祖父母や母親でも前に行って確実に子どもの姿を近くで撮影できますから、意外と私の周りの保護者たちからの評判はいいんですよ」
嫁の言葉に、稔さんは二度驚かされました。自分が「そっけない」「家族の絆が薄れてしまった」と感じていた合理化は、現代の現役世代にとっては歓迎される助け舟と感じている人も多いようです。時代の大きなうねりを前に、稔さんは寂しさと納得が混ざり合う複雑な思いを抱きながら、撮影したわずか数分の短い動画を見つめ直しています。