(※写真はイメージです/PIXTA)
「俺の人生は、間違っていたんだろうか」
マサオさん夫婦は、もともと寝室も別々です。現役時代、帰宅の遅かったマサオさんが妻の睡眠を妨げないようにしたのがきっかけですが、今ではお互いに一人の時間を確保できるため、その生活を続けています。
チエコさんも夫婦で過ごすことを嫌っているわけではありません。買い物や外食に出かけ、年に1~2回は旅行にも行きます。ただ、友人との付き合いや趣味については、自分だけの世界を大切にしてきました。マサオさんも理解していたつもりでしたが、退職して予定がなくなると、妻の充実した毎日がうらやましくなっていたのです。
「妻は毎日楽しそうなんです。パートに行けば同僚と話して、趣味の仲間もいる。帰ってくると、今日こんなことがあったって話してくれる。私にはそういう話が何もないんですよ」
会社員時代、マサオさんは仕事に誇りを持っていました。家族の生活を支え、定年まで勤め上げたことにも満足していました。チエコさんも子育てをしながらパートなどで働き、家庭を支えてくれました。それでも、家計の中心を担っていたのは自分だった。仕事以外のことに時間を使う余裕などなかった。
しかし、退職して会社とのつながりが薄れると、自分の周囲に誰もいなくなったような気がしたといいます。
「仕事が嫌だったわけじゃありません。むしろ楽しかった。でも、会社を辞めたら、こんなにも何も残らないのかと。妻を見ていると、自分は何をしてきたんだろうと思うんです」
そして、ふと考えたそうです。
「俺の人生は、間違っていたんだろうか」
「あなたの人生が間違っていたわけじゃない」
ランチ会の一件から数日後、マサオさんは妻に自分の気持ちを話しました。退職後の毎日が退屈なこと。仕事を通じた人間関係しか築いてこなかったこと。そして、妻のように楽しめない自分が情けなく感じること。黙って聞いていたチエコさんは、こう答えたといいます。
「あなたが一生懸命働いてきたことは、私もよく知っているし、感謝している。でも、私だって仕事をして、子どもを育てて、その合間に少しずつ自分の楽しみを見つけてきたのよ。それに私に友人が多いのはね、彼女たちと助け合ってきたからなの。地域の活動や趣味で会った人もいる。彼女たちとは子育ての相談をしたり、仕事の愚痴を言い合ったり、関わり方はいろいろだけど、助け合ってきたのよ」
そして、夫の人生が間違っていたとは思わないと話しました。
「これから趣味でも何でも、楽しいことを見つけていけばいいじゃない。まだまだ時間はあるんだから。疎遠になった人だってこっちから連絡してみればいい。もちろん自分の生活で精一杯で連絡がこない人もいるかもしれないけれど、昔の仲間からの連絡って案外嬉しいものよ。でもね、私には私の世界があるの。そこは理解してほしい」
マサオさんは、妻が長い時間をかけて自分の居場所をつくってきたことに、初めて思い至ったそうです。自分が仕事に打ち込んでいた間も、妻は妻なりの人生を送っていた。退職したからといって、そこに当然のように加われるわけではないのです。
「寂しかったんだと思います。妻に一緒にいてほしかった。でも、妻に寂しさを埋めてもらおうとしていたんですね」
それからマサオさんは、以前から興味のあった地域の歴史講座を調べ始めました。まだ参加を決めたわけではありませんが、自分で出かける場所を見つけてみようと考えているそうです。
定年後の人生を、誰とどう過ごすか
内閣府「令和4年版高齢社会白書」によると、65歳以上の79.6%が親しい友人・仲間を持っていると回答しています。また、親しい友人・仲間が多い人ほど、生きがいを「十分感じている」割合が高い傾向がみられました。仕事を通じて人間関係を築いてきた人にとって、退職は社会とのつながりを見直すきっかけにもなります。
もちろん、仕事一筋の人生が間違っていたわけではありません。ただ、長い結婚生活を送ってきた夫婦であっても、お互いの時間や人間関係がすべて共有されるわけではありません。定年後に増えた時間をどう過ごすか。その答えを配偶者だけに求めるのではなく、自分自身で探していくことも必要なのかもしれません。
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