離婚が珍しくなくなった現代において、不信感を抱えながらも「仮面夫婦」として同居を続ける決断には、それぞれの切実な事情が存在します。事例をご紹介します。※プライバシー保護のため、事例の人物名はすべて仮名です。
「そうするしかなかった」世帯年収1,700万円の37歳共働き夫婦、新婚1年目から10年間〈仮面夫婦〉を続けている理由 (※写真はイメージです/PIXTA)

仮面夫婦になった原因

「そうするしかなかったんです。子どもから父親を奪うわけにはいかなかったし、一人で育てるためにキャリアを諦めるのも嫌だった。だから私たちはいまの形を選びました」

 

そう話すのは、結婚当初の11年前に購入した都心のマンションで暮らす37歳のエリさん(37歳)です。

 

エリさんは建設会社で働くキャリア女性(年収750万円)。同い年の夫・ヒロミツさんは、大手IT企業で課長職を務めており(年収950万円)、夫婦合わせた世帯年収は1,700万円に達します。もともと仲睦まじかった二人。しかし現在、マンションの玄関ドアの向こう側には、10年間、夫婦のあいだで温かい会話が交わされていない状態が続いています。

 

2人がいまのような関係性となったのは、結婚1年目、エリさんが第一子を妊娠している最中のことでした。

 

エリさんは妥協を許さない完璧主義な性格で、妊娠中も体調不良を押して陣痛直前までPCを開き、案件の引き継ぎをやりきるほどの仕事熱心な女性。産後もあらかじめ手配していた認可保育園を活用し、わずか半年で職場復帰を果たすなど、自身の人生設計を緻密に実行していたのです。

 

そんなエリさんがつわりと仕事に追われ、心身ともに限界を迎えていた妊娠7ヵ月のころ、ヒロミツさんのスマホに届いた一通の通知から女性問題が発覚しました。

 

問い詰めるエリさんに対し、ヒロミツさんは焦りを隠せない様子で「仕事のストレスで、魔が差しただけ。二度としない」と申し訳なさそうに言い訳を繰り返しました。しかし、互いにリスペクトを持って高め合う関係を期待していたエリさんにとって、命を懸けて子どもを宿している最中の裏切りは「絶対に一生許せない一線」を越えていたのです。

 

自責の念を感じていたヒロミツさんでしたが、エリさんの論理的かつ容赦のない追及が連日続くと、次第に開き直りを見せるようになり、口論は互いの人格を根底から否定し合う修復不可能な罵り合いへと発展。互いに吐き捨てた言葉は、夫婦の絆を砕くには十分でした。

 

離婚届を提出する寸前まで行ったエリさんでしたが、土壇場で踏みとどまりました。生まれてくる子どもに不自由のない教育環境を与えること、自分のキャリアを維持しながら安定した生活基盤を守ること、そしてなにより子どもから父親という存在を奪わないこと――天秤にかけた結果、エリさんが導き出した結論が「仮面夫婦」でした。

 

「実家には頼れませんでした。遠方ですし、実家に戻るなら仕事を辞めざるを得なかったと思うからです。乳飲み子を一人で抱えたまま、以前のような働き方に戻ることはできないと思いました」

 

それから10年。子どもが10歳になった現在も、二人の冷戦状態は続いています。

 

子どもの学校行事や面談など、必要な場面では滞りなく父親・母親としての役割を果たしますが、家に帰れば二人のあいだに余分な会話はありません。毎月の生活費の折半、子どもの塾の送り迎えやスケジュールの共有は、すべて連絡用のアプリや業務連絡のような短文のみで行われています。

 

「夫がいまどこでなにをしていても興味はありません。同じ家の中で暮らす『同居人』であり、子育てを共同で運営するパートナーです。そう割り切ることで、無駄な感情を使わずに済んでいます」

 

世帯年収1,700万円という豊かな経済力と引き換えに、夫婦としての愛や信頼を諦めた暮らし。エリさんは「後悔はありません。子どもが独立するまでは、このスタイルを崩すつもりはありません」といいますが、その瞳には深い諦念が宿っていました。