総務省「住民基本台帳人口移動報告」によると、2025年の東京圏は12万3,534人の転入超過となりました。東京への人口集中が続く一方、地方に移住し、新たな生活を始める人もいます。夫婦で話し合い、東京から地元の長野県へ移住した42歳の女性。子どもにも恵まれ、仕事も生活も充実していましたが、ある日、小学校時代の同級生が自分について話していた内容を知り、ショックを受けます。※本記事に掲載している事例は、プライバシー保護および情報の一般化のため、実際の相談事例をベースに一部の数値や設定を変更・再構成したモデルケースです。
都落ちだね…〈世帯年収1,320万円〉東京から地元へUターンした42歳女性。約30年ぶりの小学校の同級生からの「まさかの評価」にショックを受けたワケ (※写真はイメージです/PIXTA)

東京でPRの仕事に携わってきた42歳女性

長野県内で暮らすナオミさん(42歳・仮名)は、フリーランスで広報・PRの仕事をしています。年間の収入は約720万円。東京の企業を中心に複数のクライアントを抱え、広報戦略の立案やメディア対応、イベントの企画・運営などを手がけています。

 

夫(45歳)は地元企業に勤める会社員で、年収は約600万円。世帯年収は合わせて約1,320万円です。夫婦には2歳になる息子がおり、3人で一戸建てに暮らしています。

 

長野県で生まれ育ったナオミさんは、中学校を卒業後、地元の名門とされる県立高校に進学。高校卒業後は東京の大学の国際系学部へ進みました。大学卒業後は都内のPR会社に就職し、その後、事業会社の広報部門などを経て、30代後半に独立しました。

 

「東京で働くことに特別な憧れがあったわけではなく、やりたい仕事が東京にあったので、そのまま住み続けていたという感じです。友人もいましたし、東京での生活も気に入っていました」

 

独立後も仕事は順調で、会社員時代に築いた人脈から新たな依頼が舞い込むこともありました。30代半ばには、都内の企業に勤めていた現在の夫と結婚。夫は首都圏出身で、当初は夫婦ともに東京を離れるつもりはなかったそうです。ところが、結婚後、夫婦で長野へ帰省する機会が増えたことで、少しずつ考えが変わっていきました。

長野を気に入った夫が、地元企業へ転職

「夫が私以上に長野を好きになってしまったんです。山が近くて温泉も多いし、何より食べ物がおいしいと。帰省するたびに目をキラキラさせて『ここに住めたらいいね』と言うようになりました。最後は勝手に実家に約束を取り付けて、夫だけ実家に滞在することもありました。『おいおい……』と思いましたが、そんなに気に入ったんだなあと思いました」

 

夫はナオミさんの両親とも気が合い、帰省中には義父と一緒に出かけたり、義母の家庭菜園を手伝ったりすることもあったといいます。最初は冗談半分だった移住の話が現実味を帯びてきたのは、ナオミさんが独立して数年がたったころでした。

 

「私はフリーランスなので、東京に住んでいなくてもできる仕事が結構あるんです。打ち合わせはオンラインでもできますし、イベントや記者発表会など、現場に行く必要があるときだけ東京に出向けばいい。夫も以前から転職を考えていたので、それなら本格的に移住を検討してみようかという話になりました」

 

夫は長野県内の企業を中心に転職活動を始め、ほどなく希望する職種での採用が決まりました。東京で働いていたころより年収はやや下がりましたが、本人は納得していたそうです。約4年前、夫婦は長野県への移住を決断。最初は賃貸住宅で暮らし始めました。移住してからしばらくして、長男が誕生。さらに、子育て環境や今後の生活を考え、住宅ローンを組んで一戸建てを新築しました。

 

現在の住まいは、ナオミさんの実家から車で15分ほどの場所にあります。

 

「両親とは近すぎず遠すぎず、ちょうどいい距離です。夫も私の両親と仲がいいので、週末に一緒に食事をすることもあります。実家が近いのは心強いですが、子どもの面倒を見てもらうことを前提にはしていません」

 

一方、ナオミさん自身の働き方は、東京に住んでいたころと大きく変わっていません。普段は自宅で仕事をしていますが、月に4~6回ほど東京へ出張。クライアントとの打ち合わせやイベント対応などをこなし、日によっては都内に宿泊することもあります。

 

東京への交通費や宿泊費はかかるものの、仕事の内容も収入もほぼ維持できています。

 

「東京で築いたキャリアや人脈を手放したわけではありません。むしろ、仕事は東京、生活は長野という形が自分には合っているんです。東京に行けば友人にも会えますし、長野に戻れば自然のなかで子どもと過ごせる。今の生活には満足しています」

 

夫婦にとって長野への移住は、東京での生活を諦めた結果ではなく、自分たちが望む暮らしを選んだ結果でした。ところが、そんなナオミさんの暮らしぶりを、まったく違う形で受け止めている人がいたのです。