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地元の母から届くリンゴと手紙
東京都内で暮らすチサキさん(45歳・仮名)は、会社員の夫(47歳)と中学2年生の娘との3人家族です。夫婦ともに正社員として働き、世帯年収は約1,300万円。住宅ローンを返済しながら、娘の教育費や老後資金を準備しています。
チサキさんのもとには、地元で一人暮らしをする母親(73歳)から、年に何度か宅配便が届きます。中身は地元の特産品や旬の果物など。先日も箱いっぱいのリンゴが届きました。家族3人では食べきれない量で、職場の同僚にお裾分けすることもあります。
チサキさんが負担に感じているのは、リンゴそのものではありません。毎回のように同封されている母親からの手紙です。今回も、仕事や家庭を気遣う言葉とともに、「あなたは私の誇りです。たまには孫娘を連れて遊びに来てね」と書かれていました。
一見すると、娘や孫を思う温かな言葉でしょう。しかし、チサキさんは素直に喜べません。母親が自分を誇りに思っていることは、昔から知っていました。その一方で、その「誇り」に応えなければならないことが、長年の重荷でもあったからです。
教育費を惜しまなかった母親の過干渉
チサキさんの母親は、地元で学習塾を経営していました。地域では教育熱心な先生として知られ、自分の娘の教育にも力を注いできました。チサキさんが幼いころから成績や進路を細かく管理し、必要と判断した教材や講習にはお金を惜しみませんでした。
チサキさんは地元の中高一貫校を経て、東京の大学へ進学。入学金や授業料、東京での生活費も両親が負担してくれました。経済的に恵まれた環境で学べたことには、いまも感謝しています。
ただ、母親には何事にも「正解」がありました。成績がよければ喜び、思うような結果が出なければ原因を細かく追及する。友人関係や大学で学ぶ分野、就職先についても、母親の希望が優先されがちでした。
いつしかチサキさんは、自分がどうしたいかより、母親がどう評価するかを気にするようになったといいます。東京の大学に進学して親元を離れたことで、ようやく自分の生活を自分で決められるようになりました。
「奨学金を借りていた人で大丈夫なの?」
母親との関係が大きく変わったのは、チサキさんが結婚を決めたときでした。夫とは社会人になってから知り合いました。仕事に誠実で、家事も自然に分担してくれる人でした。
ところが結婚の報告をした際、母親は夫が大学時代に奨学金を借りていたことを知り、難色を示しました。夫は地方の一般家庭で育ち、大学進学にあたって貸与型奨学金を利用。借入総額は約300万円でした。卒業後はメーカーに就職し、安定した収入を得ながら毎月の返済を続けていました。チサキさんも返済状況を把握しており、結婚後の生活に支障はないと考えていました。
しかし、母親の反応は違いました。
「大学の学費を親が出せなかったということでしょう。そんな家の人で大丈夫なの?」
母親は、結婚後に夫の実家から経済的な援助を求められる可能性まで心配していました。
チサキさんにとって、この言葉は忘れられないものになりました。
夫の両親も、限られた家計の中で子どもを育て、できる範囲で進学を支えてきた人たちです。奨学金を借りたという事実だけで、家庭の価値を判断されることには納得できませんでした。結婚後も夫の実家の経済状況について聞かれることがあり、チサキさんは少しずつ母親と距離を置くようになりました。
なお、夫の奨学金はその後、予定どおり完済しています。