離婚を決めたとき、財産をどう分けるかは避けて通れない問題です。とくに定年が近い夫婦では、住まいと老後資金をどう確保するかが、その後の生活を大きく左右します。ある離婚事例を通じて、財産分与の現実を考えます。
「もう限界です…」〈年収780万円・61歳会社員〉妻に自宅と現金1,200万円を渡して離婚。3年後、元妻からかかってきた電話の中身 ※写真はイメージです/PIXTA

「少しだけ貸してもらえない?」元妻からの突然の相談

「申し訳ないんだけど、少しお金を貸してもらえない?」

 

電話口の明美さんは、困った様子だったといいます。離婚後、明美さんは自宅で暮らしながら、預貯金を生活費に充てていました。長年専業主婦だったため、離婚後に仕事を探したものの、希望する条件で働き続けることは簡単ではありませんでした。

 

そんななか、体調を崩し、治療と通院が必要になりました。すぐに仕事を始めることも難しく、生活費を預貯金から補う状態が続いたのです。

 

医療費だけが問題だったわけではありません。収入がないまま日々の生活費を払い続ければ、手元資金は減っていきます。明美さんは自宅を所有しているものの、すぐに生活費として使えるお金が十分にあるわけではありませんでした。

 

(1,200万円を渡したのに、もう足りなくなったのか……)

 

哲也さんは戸惑いました。離婚時には、妻が当面暮らしていくための資金として十分な額だと考えていたからです。ただ、病気になることも、思うように働けなくなることも、本人の努力だけでは避けられない場合があります。

 

長年仕事から離れていた人が、離婚後に安定した収入を得るのは簡単ではありません。働いて生活費を補う計画を立てていても、年齢や体調などの事情で、想定どおりに働けなくなることもあります。

 

哲也さん自身も、現在は再雇用で働いています。現役時代より給与は下がり、65歳以降の生活も考えなければなりません。自分の老後資金を確保する必要がある以上、元妻からの援助の申し出に、簡単に応じることはできません。

 

「離婚した以上、もう夫婦ではありません。お金を渡す義務があるわけでもないでしょう。ただ、長年一緒に暮らしてきた相手ですから、困っていると聞いて、すぐに断ることもできませんでした」

 

元妻を助ければ、自分の老後資金にも影響が出るかもしれない。一方で、援助を断れば、元妻は当面の生活費をどう確保するのか――哲也さんはいったん返事を保留しました。

 

その後、話し合いの末、哲也さんは元自宅に戻ることにしました。復縁するわけではありません。ただ老後のことを考えると、哲也さんにも余裕はありません。住居費が浮く分、明美さんをサポートできると考えた結果です。

 

「先々のことは考えていません。今回のことは緊急対応で、彼女の生活が安定するまで、と考えています」

 

金融経済教育推進機構『家計の金融行動に関する世論調査[単身世帯調査](2025年)』によると、50代・単身世帯(金融資産非保有含む)の金融資産保有額は平均999万円、中央値120万円です。60代でも平均1,364万円、中央値300万円にとどまります。

 

また、同調査で老後に不安を抱く50代単身世帯の75.2%が「十分な金融資産がないこと」を理由に挙げています。離婚に伴い住まいや1,200万円の現金を得ても、定期的な収入源が乏しければ資産は急速に枯渇するリスクを孕んでいます。特に長年専業主婦だった女性は、自身の年金額や長期的な生活設計を見据えた資産寿命管理が不可欠です。