定年退職後、夫婦で過ごす時間が増えることを楽しみにしている人もいるでしょう。一方、生活リズムの変化が夫婦関係に影響することもあります。内閣府「令和8年版高齢社会白書」によると、2025年の65~69歳女性の就業率は46.1%。年金月25万円で暮らす68歳の男性は、妻がパートの勤務時間を増やし、楽しそうに働く姿を見て、ある疑念を抱くようになりました。
まさか熟年離婚するつもりじゃ…〈年金月25万円〉68歳夫、ほぼフルタイムで働き始めた65歳妻に募る疑念。明かされた「意外な本音」に驚いたワケ ※写真はイメージです/PIXTA

「もしかして、離婚を考えているのか?」

トモキさんが不安を感じるようになったきっかけは、友人との会話でした。定年退職を機に夫婦関係が変化し、熟年離婚に至る家庭もあるという話題になったのです。それ以来、妻が勤務時間を増やしているのは、経済的に自立するためではないかと考えるようになりました。

 

夫婦の年金収入は合わせて月25万円ですが、そのうちヨウコさん自身の年金は月7万円。現在のパート収入と合わせれば、月22万円程度になります。もちろん、それだけで離婚後の生活が十分に成り立つとは限りません。それでもトモキさんには、妻が着々と自立の準備を進めているように思えたといいます。

 

ある日、トモキさんは思い切って、なぜそこまで仕事を増やすのかと尋ねました。そして、離婚を考えているのではないかという不安も打ち明けました。すると、ヨウコさんから返ってきたのは、意外な言葉でした。

 

「むしろ逆よ。これからも結婚生活を続けていきたいから働いているの」

 

そう言われて、トモキさんにも思い当たることがありました。ヨウコさんはもともと、一人の時間を大切にするタイプでした。夫婦で旅行に出かけても、途中で「じゃあ1時間後にまたここに集合しましょ!」と別行動を提案することがあり、トモキさんが観光を続けている間、一人で喫茶店に入ったり、買い物を楽しんだりしていました。夫婦だからといって、何でも一緒に行動する必要はないという考え方だったのです。

 

実際、ヨウコさんは夫が定年退職してから、以前とは異なるストレスを感じるようになっていたといいます。それまでは平日の昼間、自分のペースで家事を済ませ、買い物や趣味の時間を楽しんでいました。しかし、夫が一日中家にいるようになり、生活のリズムが変わってしまったのです。

 

昼食の準備が必要になり、出かける際には行き先や帰宅時間を尋ねられることもあります。夫に悪気がないのはわかっていても、「監視されている」感覚もあり、誰かと同じ空間で過ごすことに疲れを感じるようになったそうです。

 

ヨウコさんは、夫が嫌いになったわけでも、離婚したいわけでもありません。ただ、毎日ずっと一緒に過ごすよりも、昼間はそれぞれの時間を持ち、夜になって「今日、こんなことがあってね」と話しながら一緒に夕食を食べるくらいが、今の自分にはちょうどいいと考えていました。

妻が心配していた「夫の生活能力」

さらにヨウコさんは、トモキさんの家事能力についても不安を感じていました。トモキさんは現役時代、仕事中心の生活を送ってきました。家事のほとんどを妻に任せており、退職後もその分担は変わっていませんでした。

 

洗濯や掃除は多少できるものの、日々の食事作りや日用品の管理などは妻頼み。ヨウコさんが仕事で帰宅するのが遅くなっても、夕食の準備をして待っているわけではありません。妻からすれば、自分も外で働いているのに、家事は以前と同じように担わなければならない状況でした。

 

また、ヨウコさんが気にしていたのは、今後の生活です。夫婦ともに60代後半を迎え、いつ病気になるかわかりません。自分が入院したり、先に亡くなったりした場合、夫は一人で生活できるのか。そのことが心配だったといいます。

 

ヨウコさんは、夫にも最低限の家事を身につけてほしいと考えていました。トモキさんは、妻の話を聞いて初めて、自分が家事を任せきりにしていたことを自覚しました。妻が仕事を始め、さらに勤務時間を増やしても、家庭内の役割分担はほとんど変わっていなかったのです。

 

これまで妻が家にいることを当然と思い、自分の退職後もその生活が続くと考えていました。しかし、妻には妻の生活があり、仕事を通じて得られる充実感もあります。トモキさんは、今後の家事分担について妻と話し合う必要があると感じているそうです。

定年後の夫婦に必要な「距離感」と「自立」

内閣府が公表した「令和8年版高齢社会白書」によると、2025年の65~69歳の就業率は男性63.4%、女性46.1%でした。また、65歳以上の就業者数は22年連続で前年を上回っています。高齢期にも働き続ける人が増えるなか、その目的は必ずしも経済的な理由だけではありません。人との交流や生活の充実、社会とのつながりを求める人もいるでしょう。

 

一方、夫婦の一方が退職して生活時間が大きく変わっても、家庭内の役割分担がそのままになっているケースは考えられます。

 

総務省が2022年に公表した「令和3年社会生活基本調査」によると、2021年の家事関連時間は男性が1日平均51分、女性が3時間24分。男女差は2時間33分ありました。対象は高齢夫婦に限定したものではありませんが、家庭内の家事負担に大きな男女差があることがわかります。

 

夫婦のどちらかが外で働き、もう一方が家事を中心に担う生活から、双方が自宅で過ごす生活へと変われば、それまでの分担が適切とは限りません。また、老後の自立を考えるうえでは、経済的な備えに加え、日常生活を一人で維持できる能力も重要になります。料理や洗濯、買い物などを特定の家族だけが担っている場合、その人が病気になれば、生活そのものに支障が生じる可能性があるためです。

 

定年退職は、仕事を離れるだけでなく、夫婦それぞれの生活を見直す機会でもあります。長年連れ添ってきたからこそ、お互いに一人で過ごす時間が必要になることもあるでしょう。夫婦円満のために大切なのは、必ずしも一緒にいる時間の長さではありません。

 

それぞれの生活を尊重し、家事や日常生活を支える責任を分かち合うこと。定年後の夫婦関係を長く維持していくうえで、そうした視点も必要なのではないでしょうか。