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別れのきっかけは、夫の「一人で旅行にいきたい」
決定的な出来事があったのは、退職から4カ月ほど経ったころでした。浩一さんは、以前から考えていた一人旅に出ようと、由美子さんに相談しました。
「1週間くらい、一人で旅行に行きたい」
すると由美子さんは、「退職したばかりなのに、そんなに長く家を空けるの?」と答えました。
浩一さんは、その場では何も言いませんでした。しかし、その夜から「この先、どうやって生きていきたいのか」を考えるようになったそうです。
現役時代は、家族を養うことが自分の役割だと思っていました。
だから働きました。住宅を買い、子どもを育て、家計を支えました。それは浩一さん自身が選んだ人生です。ところが、仕事を辞めた途端、「夫としてどうするか」「家にいるなら何をするか」を妻から決められているように感じるようになったのです。
「これから妻が何もかも決めていく、私は妻の考えに合わせて暮らしていく――そんな将来を想像したら、一人になりたいと思うようになりました」
浩一さんは、離婚を前提に一人暮らしの部屋を探し始めました。由美子さんには相談しませんでした。そしてある日、浩一さんは「一人で暮らしたい」と伝えました。由美子さんは、夫が一時的に距離を置きたいだけだと思ったといいます。
ところが、浩一さんの意思は違いました。
「俺は、これから一人で生きたい」
さらに、離婚を申し出ました。由美子さんは驚きました。
「まさか、夫のほうから離婚を言われるとは思っていませんでした」
浩一さんは現在、月6万円台の賃貸住宅で一人暮らしをしています。家事も食事も自分でしなければなりません。家賃も光熱費も一人で負担します。経済的に見れば、夫婦2人で暮らすより効率がいいわけではありません。それでも、浩一さんは「今のほうが気持ちは楽」と話します。
一方で離婚については、いったん棚上げ状態にあるといいます。そのことについて由美子さんは、
「私も夫がいないほうが楽です。気を使わなくていいですから。ただ今は元気に動けるからだと思っているんです。いずれ離婚を後悔するかもしれない――だから結論を急ぐ必要はないと思っています」
と話しています。
内閣府『令和8年版高齢社会白書』によると、65歳以上で生きがいを感じる時として「夫婦団らんの時」を挙げた人は28.9%。長年連れ添った夫婦であっても、定年後の生き方、暮らし方、その価値観が一致しているとは限らないでしょう。お互いの自由や意思を尊重し合える関係性をいかに築くかが、老後、穏やかに暮らしていくためのポイントといえそうです。