世帯の集約や年金・資産の分与を考えれば、熟年離婚による単身生活は経済的に大きなリスクを伴います。それでもなお「一人での暮らし」を選択するシニア男性の背景にあるものとは。事例を見ていきましょう。※事例の登場人物はすべて仮名です。
「申し訳ないが、別れてくれ…」退職金1,700万円・66歳夫、定年後の“夫婦水入らず”に耐えられず、妻に申出。熟年離婚2日前の心境 (※写真はイメージです/PIXTA)

定年後、自宅に戻ってきたが…息苦しさに耐えかねた夫の決断

「定年を迎えて自宅に戻れば、妻と穏やかな老後を過ごせるはずだった」

 

神奈川県在住のワタルさん(66歳)は、ワタルさんは定年までの約7年間、地方都市へ単身赴任していました。勤めていた会社を定年退職した際、支給された1,700万円の退職金のうち、一部を自身の個人口座へ入れ、残りを家計の貯蓄に回すなど、老後への備えも順調に整えていたはずでした。

 

しかし、数年ぶりに妻のユウミさん(63歳)と自宅で24時間顔を合わせる生活が始まると、思わぬ不協和音が生じます。

 

「長年、お互い自由気ままな一人暮らしに慣れすぎていたんです。テレビや食事、洗面所の使い方や寝て起きる時間まで、生活リズムがまったく合わない。会話も日を追うごとに減り、家の中に重苦しい沈黙が漂うようになりました」

 

妻に悪気がないことはわかっていました。しかし、リビングで同じ空気を吸っているだけで互いに気を遣い、息が詰まるような圧迫感を覚える日々。定年退職からわずか数週間で、ワタルさんにとって自宅は落ち着けない場所に変わっていったのです。

 

そこから半年ほど思い悩み、友人にも相談するなど、決断をできずにいたワタルさんでしたが、精神的な限界を感じたワタルさんはある夜、切り出すことに。

 

「申し訳ないが、別れてくれ。これ以上二人で暮らしていくのは、お互いのためにならないと思うんだ」

 

突然の申し出に最初は戸惑ったユウミさんでしたが、ワタルさんの本気度とユウミさん自身が抱えていたストレスを思い返し、冷静に話し合いに応じてくれました。それから数ヵ月間にわたり、これまでの感謝や今後の生活、財産分与について何度も協議を重ねた結果、二人は離婚届を提出することでお互いに合意しました。

 

実際に離婚届を提出する2日前、自室で身の回りの荷物をダンボールに詰めたワタルさんは自身の心境を静かに振り返ります。

 

「世間一般から見れば、退職金で確保した手元資金や持ち家を捨てて離婚するのは経済的に損かもしれない。だが、互いにストレスを抱えたまま冷めきった関係で暮らし続けるより、それぞれの人生をやり直すほうが互いのためになる。俺にとっては、これが精神的な限界だったんだ」

 

離婚届を正式に提出したあと、ワタルさんが向かったのは定年前まで単身赴任で暮らしていた地方都市でした。かつて住んでいた街で月額4万円の古い賃貸アパートを見つけ、最低限の家具だけを買い揃えて一人暮らしをスタートさせたのです。

 

「財産分与や年金分割を行ったため、経済的なゆとりは決してありません。ですが、誰にも気を遣わずに自分のペースで過ごせる生活には納得しています。何度も話し合った末での選択でしたから、後悔はありません」