老後資金の準備に囚われすぎるあまり、現在の生活の豊かさや楽しみを犠牲にしてしまうケースは少なくありません。将来への不安に対処しながらも、現在の生活の質を損なわないための現実的な資金計画の立て方とは。事例をご紹介します。※プライバシー保護のため、事例の人物名はすべて仮名です。
妻唖然…「え、急にどうしたの?」老後資金2,000万円を目指し、貯蓄に勤しんでいた月収46万円の52歳夫がなぜか浪費家になった理由 (※写真はイメージです/PIXTA)

夫が浪費家に転じたワケ

金曜日の飲み会後、帰宅したサトシさんが、思い詰めたような顔で突然重い口を開いたのです。

 

「先週、会社の元同期が急死したんだそうだ。俺はあいつが転職してから疎遠になっていたんだが、持病もなくてピンピンしていたのに、突然だって……。急に恐くなったよ。老後のためにいまやりたいことを全部我慢して、節約に追われて、もし60歳を迎える前に死んだら、俺の人生ってなんだったんだ?って」

 

同僚の死という現実を突きつけられ、サトシさんの心の中でなにかが崩れ去っていました。

 

「老後資金のためにいまの生活を極限まで犠牲にするなんてバカバカしい。俺は今日から、これまでの無理な節約はやめる。これからはいまをちゃんと楽しむことにする」

 

突然の方向転換に驚いたナナコさんでしたが、「まあ、少し肩の力を抜いてくれるなら」とその場では安堵していました。しかし、宣言後のサトシさんの行動は、ナナコさんの想像を遥かに超えるものだったのです。

 

翌日から、早速異変が起きはじめました。

 

ナナコさんがパートから帰宅して冷蔵庫を開けると、1本2,000円近くする無添加の高級ドレッシングが。風呂場には美容院でしか買えない1本6,000円のシャンプーが置かれていました。いつもの1,400円カットに行くのをやめたのか、夫はこじゃれた髪型をしています。さらにサトシさんは、「なんでもない日のプレゼント」といって十数万円するブランドのスカーフを購入してきたのです。

 

「節約をやめるとはいっていましたけど……。急にどうしちゃったのって(笑)プレゼントを用意してくれたのは嬉しいですが、私はブランドものにも興味がないので、こんな浪費は必要ないと思いました。振り切り具合に呆れるしかありません」

 

翌週、サトシさんの提案で、駅から少し離れた路地裏にある隠れ家的な和食店へ出かけることに。静かな店内で美味しい旬の料理とお酒を堪能した二人。1週間前からは考えられないような、心ほぐれる豊かな時間でした。

 

店を出ると、心地よい夜風が頬を撫でます。サトシさんが「あー食べた。歩くのも面倒だし、タクシーでも拾って帰ろうか」とスマホを取り出したので、ナナコさんは、「お腹もいっぱいだし、夜風が気持ちいいから一緒に歩いて帰らない? 散歩も悪くないよ」と誘いました。

 

サトシさんは一瞬驚いた顔をしましたが、「そうだな」と、タクシーを呼ぶのをやめて歩いて帰ることにします。

 

以前のように10円単位の節約でイライラし、家庭内をピリピリさせる生活に戻るのは御免です。けれど、なんでもかんでもお金の力で解決して、無節操に贅沢へ流れるのもどこか違うはず。こうして夜風に吹かれながら二人で歩く時間のように、お金をかけずとも心を満たせる楽しみ方はたくさんあります。

 

これからの人生、なににお金を使って、どう楽しんでいくのか――。静かな夜道を並んで歩く時間は、ナナコさんにとっても、これからの夫婦の生き方と金銭感覚をもう一度ゆっくりと考え直す、いいきっかけとなったそうです。

50代の老後資金不安

金融広報中央委員会『家計の金融行動に関する世論調査[二人以上世帯調査](2023年)』によると、50代世帯の金融資産保有額の平均値は1,253万円ですが、実態に近いとされる中央値は300万円にとどまっています。さらに同調査では、50代世帯の約3割が「金融資産を保有していない(貯蓄ゼロ)」と回答しており、教育費の支払いが一段落したあとに「急いで老後資金をつくらなければならない」と焦りを深める世帯が多いことがうかがえます。

 

一方で、老後資金への過度な危機感から極端な節約生活を強いることは、QOLを低下させるだけでなく、反動による不必要な散財を引き起こす要因となることも。

 

50代からの健全な老後資金計画においては、将来の不安だけを理由に現在の生活を過度に圧迫すると、長続きせず、精神的な反動を引き起こしやすくなります。老後資金の目標額を設定する際は、現在の生活の楽しみや日常の潤いを適度に残した「持続可能な積立額」を算出することが不可欠です。

 

また、「60歳の定年までに老後資金を貯め切らなければならない」という思い込みが焦りを生むケースが多く見られます。高年齢者雇用安定法により65歳までの雇用機会確保が義務付けられている現在、60歳以降も再雇用や再就職で一定の勤労収入を得る前提でシミュレーションを行うと、定年までに必要な積立ペースを現実的な水準に落とし込むことが可能です。

 

サトシさんとナナコさんのように、単にタクシーに乗って贅沢をするのではなく「二人で歩く時間」を楽しむなど、お金をかけずとも豊かな時間をつくる選択肢は数多く存在します。家計管理や老後資金の目標は、夫婦で「なににお金を使えば自分たちは幸せなのか」という優先順位を話し合い、合意形成を行いながら進めることが重要です。

 

老後への備えと現在の生活の充実感は、決して二者択一ではありません。選択肢は節約、もしくは浪費だけではなく、夫婦で納得のいく現実的なライフプランを立てることを考えてみてはいかがでしょうか。

 

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