(※写真はイメージです/PIXTA)
可能性は低くても、起きたときの負担を考える
叔父の老後を支える負担は、施設に入るまでが特に大きく、施設探しと契約、自宅の売却と引っ越しまで健一さんが動くことになります。入居後も預けきりとはいかず、連絡や手続き、通院の付き添いが続きます。健一さんには自分の生活があり、高齢の母のこともあります。
叔父の最期を見送ったあとで、叔父が昔お付き合いしていた人が当時の遺言を持って現れる。今はまったく接点がなくても、当時有効に作られ、その後撤回されていない遺言であれば今も効力を持ち得ます。
それが全財産をその人に残す内容だったらどうでしょうか。相続人の母には遺留分がなく、受け取るものはありません。叔父の晩年を支えた健一さんは、そもそも相続人ですらないのです。財産だけでなく、気持ちの整理も難しい問題になりかねません。
そのような遺言がある可能性が高いと考えたわけではありません。けれど、手がかりがないことは、ないことの証明ではありません。可能性が低いことと、備えなくてよいことは同じではないと思います。
過去を調べきれない中で、万一のときの負担まで想像する。だからこそ、叔父の意思に沿って今できる備えをしておきたい。新しい遺言を検討したのは、この「念には念を」という考えからでした。
叔父の意思を確かめ、以前の遺言との関係も整理する
前提は、叔父自身の意思です。叔父の望みは、残った財産を姉である健一さんの母に相続させること。母が叔父より先に亡くなっていた場合にも叔父の意思が明確になるよう、健一さんに相続させる予備的な定めも置きました。
以前の遺言があればすべて撤回する意思も確かめたうえで、新しい遺言には「本遺言より前にした一切の遺言を撤回する」と明記しました。新しく作るだけでは、以前の遺言のうち抵触しない部分が残り得るからです。内容は、叔父が理解できるようできるだけシンプルにしました。
もう一つの前提が、作成時の遺言能力です。昔の記憶が曖昧なことだけで可否を決めず、認知機能や判断能力の状態について医師の診断書も用意したうえで、遺言の内容や撤回の意味を理解し、自分の意思で決められるかを慎重に確かめました。
方式は、はじめ自筆証書遺言を考えました。相続人は叔父の姉である母一人で内容も短く、それで足りると思えたからです。ただ、判断能力に多少の不安があり、字を書くこと自体も大変そうでした。そこで、公証人が面談で真意を確かめ、本文を自書しなくてよい公正証書遺言を選びました。公正証書も万能ではありませんが、診断書と公証人の面談を重ねることで、今の叔父の意思をできるだけ確かな形で残せると考えました。
この備えは、叔父の過去の人間関係を否定するためのものではありません。叔父の今の意思を明確にし、支える家族が見送ったあとに思いがけない負担を抱えないためのものです。
相続の備えは、相続人の数だけでは決まりません。何が起きそうかだけでなく、起きたときに家族が何を背負うのか。その両方を考えて選ぶことも、大切だと思います。
田中 康雅
司法書士田中康雅事務所
代表