(※写真はイメージです/PIXTA)
教育費にすべてを賭けた夫婦の誤算
「東大に入って誰もが知る大企業に就職してくれた。これで私たちの苦労も報われるし、老後も安心だ」
地方の古い戸建て住宅で暮らすノリコさん(57歳)は、少しまで人生の達成感に満ちあふれていました。地元の小さな工場で働く夫の稼ぎは決して高くなく、ノリコさん自身もスーパーのパート勤務で必死に家計を支える毎日。住宅ローンの返済も重なり、普段の食費や衣服費は極限まで切り詰める質素な生活を続けてきました。
そんな苦しい家庭環境のなかで、唯一の誇りであり「未来への希望」だったのが、一人息子の存在です。
幼少期から聡明だった息子に対し、ノリコさんは「この子にはわたしたちのような苦労をさせたくない」「高学歴を得て立派な大人になってほしい」と思うようになります。自分の洋服や化粧品を買うのを諦め、白髪染めもセルフ。夫のお小遣いを削ってでも塾代を捻出。息子は母の期待に応えるように地元一番の公立進学校へ進み、勉強に励みました。そして、現役で東京大学へ合格を果たしたのです。
地方から上京する息子のために、学費だけでなく毎月6万円の仕送りを捻出することは、世帯年収300万円台のノリコさん夫妻にとって限界を超える負担でした。不足分は貸与型の奨学金と息子のアルバイトで補ってもらいましたが、ノリコさんは「お母さんたちが頑張るから、将来はすごい人になってね」と励まし続けました。
大学卒業後、息子は大手総合商社へ就職。初任給から好待遇で、20代にして年収1,000万円超えも確実視されるエリートコースを歩みはじめます。
しかし、就職からわずか3年が過ぎたある日、息子から届いた1通のLINEがノリコさんの淡い夢を粉々に打ち砕きました。
『会社を辞めました。来月からアフリカに行って、現地の子どもたちを支援するNPOで働きます』
パニックに陥ったノリコさんはすぐに息子へ電話をかけ、「なにをいっているの!? なぜせっかく入った一流企業を捨てるの!?」と悲鳴を上げます。しかし、受話器の向こうの息子は至って冷静でした。
「ずっと辛かったんだ。母さんの『東大へ行け』『いい会社に入れ』っていう重い期待に応えるためだけに生きてきた気がして。地元を離れてようやく自分の人生を考えられるようになった。奨学金もこの3年間の給料で全額返済できる目処がついたから、これからは親の満足のためじゃなく、自分が本当にやりたいことのために時間を使いたいんだ」
ノリコさんは「到底わたしたちは認められませんよ」と返すも、息子は「もう決めたことだから」と話は平行線に。夫や息子の将来にすべてを捧げ、自分たちの老後貯蓄をすべて教育費に回してきた結果、手元に残ったのは100万円に満たない口座残高と、これから始まるリタイア後の過酷な現実だけでした。
「子どもの将来のため、そして自分たちの老後のためだと思って身を削ってきたのに……」
高給取りになった息子から経済的な援助を受けるという期待は途絶え、57歳にして資金ゼロに近い状態で取り残されたノリコさんは、深く肩を落とすほかありません。