人生100年時代、長年住み慣れた「我が家」が、老後の安心を約束してくれるとは限りません。愛着による実家の維持、加齢に伴う身体機能の変化、そして災害時の避難リスクなど、高齢期の住まいを取り巻く課題は多様化しています。今回はある親子の事例から、実家に対する意識のギャップをみていきます。
「勝手に入らないで!」〈年金月14万円〉79歳母が51歳長女に激昂。原因は、築50年超・実家の2階にある「放置されたままの6畳間」 ※写真はイメージです/PIXTA

亡き夫の遺品が残る「放置されたままの6畳間」をめぐる親子の葛藤

佐々木洋子さん(79歳・仮名)は、郊外にある築50年を超える木造2階建て住宅で一人暮らしをしています。5年前に夫の勝さん(享年76)を病気で亡くしました。現在は遺族年金などを含め月14万円ほどの収入があり、日常の生活費は十分に賄えています。

 

洋子さんが暮らす自宅の2階には、現在は使用していない6畳の洋室があります。生前、夫の勝さんが書斎や趣味の部屋として使用していました。室内には、勝さんが使っていた木製の机、ハンガーにかかった古いスーツ、趣味の釣り道具、手帳、家族写真、そして愛用していた椅子が当時のまま残されています。

 

近所に住む長女の松本智子さん(51歳・仮名)は、実家を訪れるたび部屋の整理を提案しています。

 

「お父さんの部屋、もう使ってないでしょ。モノも多いし、少しずつ片づけていこう」

 

しかし、洋子さんは首を縦に振りません。

 

以前、智子さんは洋子さんの断りなく部屋に入り、「もう、あんな難しそうな本、読まないでしょ。地震とかで書棚が倒れたら危険だし、処分しよう」と提案したところ、「勝手にお父さんの部屋に入らないで!」と激昂したといいます。

 

「母に酷く怒られてから、父の部屋には入っていません。ただ、これからのことを色々と考えていかないと」

 

智子さんにとってその部屋は、使われていない不用な空間です。一方、洋子さんにとっては、勝さんの気配を感じられる場所になっていました。

 

洋子さんは毎朝、仏壇にお茶を供えた後、2階の夫の部屋に入ります。愛用していた椅子に座り、夫の手帳や写真を眺めるのが日課です。

 

「この部屋で、お父さんとの思い出に浸るのが、毎日の楽しみなんです」

 

年金の範囲内で整然と暮らしを営む洋子さんにとって、この6畳間は精神的な安らぎを得るための特別な空間になっていました。

 

内閣府『令和8年版高齢社会白書』によると、65歳以上の者がいる世帯のうち「単独世帯(一人暮らし)」の割合は令和6(2024)年時点で31.8%(878万6千世帯)に達し、増加傾向にあります。また、65歳以上の住居形態は「持家(一戸建て)」が79.8%、「分譲マンション等の集合住宅」が3.2%と、全体の8割以上(83.0%)が持ち家です。

 

住み慣れた自宅で一人暮らしを続ける高齢者が多い一方で、配偶者との死別後に生じる使用しないスペースや遺品の管理は、個人の問題にとどまらず、実家の将来や安全性を巡る家族間の課題として表面化しています。