定年退職という人生の節目において、退職金の使い道や老後の住まいをどう選ぶかは夫婦の大きな課題です。夫が独断で人生の再スタートを切った事例を通して、夫婦の意思疎通の重要性を考えます。
「勝手に判を押すなんて、正気!?」〈貯金2,400万円〉60歳定年夫が独断で買った「地方の古民家」。半年後、58歳妻が「絶句した光景」 ※写真はイメージです/PIXTA

移住から半年後に浮き彫りとなった過酷な現実

単身で移住した浩さんでしたが、別居開始から半年が経過した頃、事態は暗転します。連絡が途絶えがちになった浩さんを心配し、由美子さんは現地を訪れました。そこで目に飛び込んできたのは、当初思い描いていた優雅なセカンドライフとは程遠い光景でした。

 

古民家は長年放置されていたため、屋根の雨漏りや床下の腐食、配管の劣化が著しい状態でした。寒暖差の激しい気候の中で十分な暖房機能もなく、浩さんは寒さに震えながら生活していました。

 

当初の予定では、古民家を自身で改築。少しずつでもいいから、自分好みの家にすることが目標でした。しかしDIY初心者の浩さんにとって、あまりに遠く、険しい道のりでした。

 

「こんなはずじゃなかった……」

 

浩さんは力なくそう呟きました。もし自力でのリフォームを諦め業者にお願いした場合、古民家の購入代金以上の費用がかかることが判明。さらに夫婦が別々に暮らしていたこともあり、老後資金も急激に減少していくのを目の当たりにし――結局、業者に頼ることも諦めました。

 

では古民家を売却して自宅に戻ろうと考えたものの、過疎化が進む地域の物件に買い手は現れず、今に至るという経緯だったのです。

 

老後の住み替えにおける修繕リスクや資金面の負担は、統計からも裏付けられています。

 

国土交通省『令和6年空き家所有者実態調査結果』によると、1950年以前に建築された古い空き家では「構造上の不具合が生じていた」割合が約39%にのぼります。また、空き家を賃貸や売却する際の最大の課題として「住宅の傷み」を挙げる世帯が約43%と最多であり、管理上の心配事としても「住宅の腐朽・破損の進行」が約76%を占めています。

 

実際にリフォームを行った事例を見ても、「水回りの改修(約44%)」や「内装工事(約39%)」、「屋根の葺き替え・防水改修(約33%)」など多岐にわたる大規模な修繕が必要とされています。十分な修繕見積もりや資金計画なしに老朽化した古民家を取得することは、想定外の費用発生により老後資金を著しく圧迫する大きなリスクとなります。

 

最終的に浩さんは古民家での生活を断念し、東京の自宅へ戻る決断をします。しかし半年強の別居生活により、1,000万円近くの資産が消失してしまいました。また独断で契約を進めたことで生じた夫婦間の溝は、そう簡単に埋まることはありませんでした。さらに、資産を大きく減らしたことで、由美子さんにガッチリと財布を握られることに。

 

「まったく自由がありません……」

 

そう肩を落とす浩さん。老後の生活拠点や退職金の使い道を、一方の希望だけで決定するのはNGです。定年前から夫婦で将来のビジョンを話し合い、互いの価値観をすり合わせておくことが、老後破産や家庭崩壊を防ぐ予防策となります。