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父の老後資金の使い道
娘のマスミさん(45歳)は、化学メーカーを無事に定年退職した父・カズナリさん(70歳)の姿を見て、どこか切ない気持ちを抱えていました。
勤勉で家族思いなカズナリさんを心から尊敬していたマスミさんは、「せっかく退職金もあるんだから、お母さんと一緒に好きな旅行に行ったり、趣味を楽しんだりしてほしい」と何度も伝えていました。しかし、カズナリさんの返事はいつも決まって頑なでした。
「マスミは遠方に嫁いだんだ。将来俺たちが倒れて要介護になっても、お前にだけは絶対迷惑を掛けたくない。そのための準備をするのが親の責任だ」
マスミさんに負担をかけまいとする親心から、カズナリさんは2,000万円あった退職金を銀行口座に置いたまま、長年付き合いのある保険担当者に勧められ、民間介護保険の契約を結びました。
その内容は、公的介護保険の「要支援1」という軽度な段階から給付金が出る手厚いものでしたが、その分、毎月の保険料は6万円近くにのぼりました。年金と手元の資金から毎月引かれていく高額な保険料を払うため、カズナリさんは外食を控え、旅行の誘いも断り、食事も質素。日々の生活を切り詰めるようになっていったのです。
その事実を知ったマスミさんは父と話し合いました。
「そんなに介護のことばかり心配して、いまの生活を切り詰めてどうするの? 私はお父さんとお母さんに目の前の老後を楽しんでほしいだけなのに」
「お前もこの年になったらわかるよ」
父が子であるマスミさんを想ってくれていることはマスミさんにも理解できます。そうはいっても、なかなか気持ちに折り合いはつきません。
そんななか、悲劇が訪れます。カズナリさんが持病の心疾患を起こし、突然急死してしまったのです。
残された母とマスミさんが保険の手続きを行ったものの、毎月高額な保険料を払い続けていた介護保険から支払われる死亡給付金は介護が必要になった場合に支払われる額に比べると少ないものでした。
母は、「これでよかったんだよ。保険はお守りだからね。介護が必要になったら、もっと大変だったかもしれないし」とあっけらかんとしています。残されたのは、父が毎月切り詰めて残した預貯金と、被保険者が亡くなった介護保険の証券の紙きれ。そしてマスミさんには「生きているうちにもっと一緒に旅行に行ったり、美味しいものを食べたり、楽しい時間を過ごしたかった」というやりきれない後悔が残りました。