※写真はイメージです/PIXTA
親の「大丈夫」に隠された本音
さらに電話の内容は少しずつ変わっていきます。
「病院、今月は行った?」
「うん。でも薬がまだ残ってるから、次は来月でいいかなって」
「薬って、そんなに余るもの?」
「ほら、前にもらった分があるから」
健一さんは「母は医療費を抑えるために、通院のタイミングまで遅らせようとしているのではないか」と疑念を持ちます。
「お金送ろうか? 月3万円くらいなら、俺から出せるよ」
すると、和子さんの声が強くなりました。
「いらない。子どもの世話になるほど困ってないから」
健一さんは引き下がりました。しかし、その翌週も母は「食費が高い」「電気代が上がった」と話します。お金がダメなら、お米など、モノを送ろうかと提案しましたが、やはり和子さんは「子どもの世話になるほど困ってない」と即答。援助されることそのものを拒んでいたのです。
和子さんがここまで拒むのには理由がありました。夫が亡くなった後も、長く家計を支えてきたのは自分だという自負があります。息子には迷惑をかけたくない。それ以上に、「自分はもう一人では生活できない」と認めることが嫌だったといいます。
「お金をもらったら、次から何でも頼らないといけなくなるでしょ」
母親が困っているなら助けたい。しかし、正面から「生活費を援助する」と言えば、母親の尊厳を傷つけるかもしれない。そこで健一さんは、援助の形を変えることにしました。
まず、母親に家計を見せてもらうことにしました。自身も老後のことを考える年齢。参考にしたいと申し出たのです。そう伝えると、和子さんは通帳と家計簿を見せてくれました。預金残高は約92万円。健一さんが想像していたより、かなり少ない金額でした。さらに、冷蔵庫は15年以上使っており、エアコンも古くなっています。
「母さん、これで『お金は十分ある』は無理があるよ」
思わずそう言うと、和子さんは黙りました。しばらくして、「……あなたに心配されたくなかったのよ」と小さな声で答えたそうです。それが本音でした。
母親の本音を確認したあと、健一さんは家の修理に向けて話を進めていきました。最初、和子さんは反発したものの、健一さんは「このままだと住めなくなる。いつか帰ってくるかもしれないのに、それだと困るから」と、あくまで自分の都合で実家を直すのだと言い張りました。
さらにネット通販で、品物を送るようにしました。これも最初、和子さんは「いらない」と言いましたが、「自分が買うものを分けているだけ。まとめ買いしたほうが、結果安いんだよ」と説得を続けました。
そんなやり取りが続いた結果、まだ渋々……という雰囲気は残るものの、健一さんからの支援を受け入れるようになったといいます。
国立社会保障・人口問題研究所『第7回全国家庭動向調査(2022年)』によると、「高齢者への経済的援助は、公的機関より家族が行うべきだ」という考え方に賛成する割合は20.6%と低下傾向が続いています。これは「子どもに迷惑をかけたくない、自立していたい」という親世代の強い自負の表れといえるでしょう。
高齢の親と良好な関係を築きながら支えるには、正面から生活費を援助するのではなく、実家の修繕や日用品の差し入れなど、親が拒みきれない「理由や形」に変えて支援を行う工夫もひとつの手。親の「大丈夫」の裏にある本音に寄り添い、その尊厳を傷つけないよう緩やかに介入していく心配りが、お互いの絆をより深めていく鍵となりそうです。