義実家で迎えるお盆。東京から帰省する義姉一家はのんびり過ごす一方、同居するマナさん(35歳・仮名)は、買い出しやBBQの準備、外食代の負担まで引き受けるのが恒例になっていました。年金月30万円、資産約4,000万円の義両親には普段から助けてもらっているため、強くも言えません。積もり積もったモヤモヤが、ある出来事をきっかけに限界を迎えます。
お盆休みなのに休めない…「年金月30万円・資産4,000万円」の義両親と同居する〈35歳共働き妻〉、帰省してやりたい放題の義姉一家に耐えかね下した「ある決断」 ※写真はイメージです/PIXTA

女子会で言われた「それ、普通じゃないよ」

そんな折、マナさんは大学時代の友人たちと久しぶりに食事をする機会がありました。何気なくお盆の話になり、「そういえば今年も義姉一家が来るんだよね」とこれまでの出来事を話したそうです。

 

義姉一家の食費やBBQ代まで負担していること。義姉夫婦や夫が酒を飲んでいる横で、自分だけが動いていること。私物を使われたり、甥が寝室に入ろうとしたりしたこと。

 

すると友人たちは、一様に驚きました。

 

「え、それ全部マナがやってるの?」「普段お義父さんとお義母さんに助けてもらっていることと、お義姉さん一家を接待することは別じゃない?」

 

自分では半ば笑い話のつもりだっただけに、マナさんのほうが戸惑ったといいます。さらに、ある友人がこう言いました。

 

「お義姉さんだけ実家に帰って“娘”になれるなら、マナも自分の実家に帰って娘になればいいじゃん。マナは一人っ子だしさ」

 

その言葉に、マナさんはハッとしました。

 

「義両親には感謝している。でも、その感謝と、お義姉さん一家の食費を払って身の回りの世話まで引き受けることは別なんですよね。人に言われて初めて、『あれ、私なんでこれを当たり前だと思ってたんだろう』って」

 

マナさんが友人たちの言葉にハッとなっている間、友人の一人がつぶやきました。

 

「でもさ、化粧品のボトルの件はマナもやるよね。そういうところがあなたの面白いところなんだから、義姉に遠慮している場合じゃないよ」

 

「私も実家に帰って、娘になってきます」マナさんの決断

まずマナさんは、夫に言いました。

 

「今年は私も実家に帰るわ。娘も猫も連れて行くね」

 

夫は驚きました。

 

「え? お盆なのに? 家族で過ごさないの?」

 

「また扉を開けっぱなしにされて猫が逃げるより、実家に連れて行ったほうが安心だし。それに私も、お義姉さんみたいに実家に帰って“娘”になってくる。あ、寝室には鍵つけたからね」

 

今度は夫も、強く反対できませんでした。

 

問題は義両親です。そこでマナさんは、あえてこんなふうに切り出したそうです。

 

「お義姉さん、こっちに帰ってくると本当に楽しそうですよね。せっかく帰ってくるんだから、ゆっくり休んでもらえたらいいですよね。お肉もたくさん食べてもらって!」

 

すると義母は、うれしそうにうなずきました。

 

「そうでしょ、そうでしょ。あの子も普段は子育てで忙しいから、せめてこっちに来たときくらいはゆっくりしてほしいのよ」

 

――しめた。マナさんは心の中でそう思いました。

 

「ですよね! お義母さんたちを見ていたら、私もうらやましくなっちゃって。だから今年は、私も実家に帰って娘に戻ってきますね」

 

畳みかけるように、そしてできるだけ無邪気に伝えると、義母は一瞬黙り込み、その後は特に何も言わなかったそうです。

 

「お義姉さんが実家で娘に戻って休んでいいなら、私だって同じですよね。幸い実家の両親も『お盆に帰ってくるなんて何年ぶりなの』と喜んでくれました」

 

今年のお盆、マナさんは娘と猫を連れて、自分の実家へ帰る予定です。

 

「よく考えたら、こういう駆け引き、私、仕事では普通にやってたんですよ(笑)。なぜか義両親の前だと遠慮しちゃってたんですよね」

 

そう言って、マナさんはニヤリと笑いました。

「嫁だから」で引き受けてきた役割を見直す

マナさんのケースで目を引くのは、共働きでありながら、お盆の買い出しや食事の準備、BBQの世話といった「家族をもてなす役割」が、いつの間にかマナさんに集中していたことです。

 

内閣府「令和7年版 男女共同参画白書」では、6歳未満の子どもがいる夫婦の家事関連時間をみると、すべての都道府県で妻が夫より210分以上長いことが示されています。共働き世帯が増えた現在も、家庭内の家事や育児の負担には男女差が残っています。

 

もちろん、親世代から育児や金銭面で支援を受ければ、「自分も何か返さなければ」と感じるのは自然なことです。しかし、その感謝がいつの間にか「嫁だから」「同居しているから」と、別の家族の世話まで当然のように引き受ける理由になっていないかは、一度立ち止まって考えてもよいでしょう。

 

マナさんが見直したのは、義姉との関係だけではありません。自分でも気づかないうちに引き受けていた「家族のなかでの役割」そのものだったのかもしれません。