(※写真はイメージです/PIXTA)
72歳母「この家で死にたい」
「お母さん、僕は家を出ます」
そう切り出したのは、東京都在住の佐々木健一さん(48歳・仮名)。実家で一緒に暮らす母の和子さん(72歳)は要介護2です。杖を使えば室内を歩くことはでき、排泄もほぼ自立しています。週3回のデイサービスと平日の訪問介護を利用しながら、在宅生活を続けていました。
IT関連会社に勤める健一さんの手取りは月約40万円。父が亡くなってから15年間、和子さんと2人暮らしです。
和子さんの年金は月14万8000円、預貯金も約2300万円あります。介護サービスの自己負担は月2万5000円程度。むしろ周囲からは、「お金があるなら問題ないじゃないか」と言われることのほうが多かったと振り返ります。
それでも健一さんは、「このまま同居を続けたら、自分の人生が終わる」と感じていました。朝6時に起きて朝食を用意し、薬を確認してから出勤する。昼休みには「郵便物を見てほしい」「テレビのリモコンが動かない」と電話が入る。仕事が終われば、買い物、ゴミ出し、通院の予約確認。休日に外出しようとすると、母は決まってこう言いました。
「今日も出かけるの?」
「あなたがいないと不安なのよ」
「そんなに家にいたくないの?」
介護というより、母の生活全体を管理する役割になっていたといいます。
「仕事中でも、スマホが鳴るたびに母からじゃないかと思ってしまう。常に“呼び出し待ち”の状態でした」
昨年は昇進の打診もありましたが、残業や出張が難しく辞退しました。交際していた女性とも、休日を自由に使えないことが原因で関係が終わっています。
介護離職が頭をよぎるなか、ケアマネジャーからは介護施設への住み替えを勧められていました。しかし和子さんは、首を縦に振りません。
「私はまだ歩ける」
「施設なんて、寝たきりの人が行くところ」
「この家で死にたいの」
厚生労働省の『人生の最終段階における医療・ケアに関する意識調査』によれば、病気で治る見込みがない場合に最期を迎えたい場所として、一般国民の43.8%が「自宅」を選択しました。その一方で、自宅以外(医療機関や介護施設)を選んだ人の74.6%が「介護してくれる家族等に負担がかかるから」を理由に挙げています。本人の「自宅にいたい」という切実な願いと、家族の負担という現実的な問題の間で、親を施設に入れることに罪悪感を覚える家族も少なくありません。
健一さんも最初は介護施設に難色を示しました。ところが、地域包括支援センターの担当者にこう言われます。
「息子さんが同居していることで、お母さまが“全部やってもらえる”状態になっています。息子さんがいる限り、サービス利用が広がりにくいかもしれません」
その言葉が頭から離れませんでした。実際、訪問介護を増やそうとしても、母は「健一がいるから必要ない」と断ります。配食サービスも、「あなたが買ってきてくれればいい」と拒否。同居していること自体が、母の依存を強めていたのです。