写真/水上俊介
投資を始める前は「やりたくない仕事」もやるしかなかった
コンビ時代、僕はずっと「仕事を選べない側」の人間でした。本当はやりたくない仕事。例えば、ビュッフェ形式で食事をしているお客さんの前での誰も聞いていない漫才の営業。でも生活のためには、引き受けないと、しょうがなかったんです。
うどん屋を始めたのも、突き詰めれば自分の食い扶持を稼ぐためでした。1998年にマネージャーから突然「来週、1週間休みです」と告げられたときも、それでは生活ができないという強烈な恐怖と不安があったから、吉本の社員になろうと必死にすがりつきました。またナインティナイン・矢部さんのお兄さんの会社でマネージャーとして働きながら、こっそりルミネの舞台に立たせてもらう二重生活を送ったりもしました。
これらはすべて、生きるため。お金がないゆえに「追い込まれて選ばされた道」だったんです。あの絶望の底にいた頃、もし僕に資産があったら。もっと心に余裕を持って、自由に自分のやりたいことを選べたかもしれません。
焦ってコンビを解散することもなかったかもしれないし、「1週間休みです」と言われても「じゃあ、その間に新しいネタを考えよう」と笑って前を向けたかもしれない。
才能ある後輩も、お金が理由で夢を諦めていった
僕だけではありません。お笑いの世界で、お金が理由で夢を諦めていった才能ある後輩たちをたくさん見てきました。
金銭的にギリギリの生活の中で、2人目の子供が生まれ「これ以上は家族を養えない」と泣く泣く芸人を辞めていった仲間もいます。それを見るたびに、僕は胸が締め付けられる思いでした。
「他にやりたいことが見つかったから辞める」という前向きな理由ならいいんです。でも、「才能も情熱もあるのに、お金がないから辞める」というのは、あまりにも悲しすぎる。
