(※画像はイメージです/PIXTA)
「給与ゼロ=所得ゼロ=税金ゼロ」ではない
予想外の医療費を前に、Nさんは確定申告で少しでも現金を手元に戻そうと考えました。「退職して給与収入はゼロになった。2年目からは住民税も国民健康保険料も大幅に下がるはずだ。確定申告をすれば、源泉徴収された税金の一部も戻ってくるかもしれない」。そう判断し、運用益の損益通算も兼ねて確定申告を行ったのです。
しかしここに、FIRE生活者が陥りやすい根本的な誤解がありました。「給与ゼロ」は「所得ゼロ」ではないという点です。
日本の税制では、株式の配当金や売却益も「所得」として扱われます。特定口座(源泉徴収あり)であれば、確定申告をしない限り、これらは住民税や国民健康保険料の算定に原則として影響しません。ところが確定申告を行った瞬間、その運用益や配当収入が税務署・役所に「所得」として届け出られることになります。
結果としてなにが起きたか。住民税は前年の運用益をベースに算定され、国民健康保険料も賦課限度額(年間約100万円)に固定されたまま推移しました。「2年目こそ税負担が軽くなる」と信じて待ち続けたNさんにとって、これは致命的な誤算でした。
初めて会社員じゃなくなったことによる誤解
Nさんは退職前、税金と社会保険料について楽観的に考えていました。「給与がなくなれば、天引きされていたあの重い負担もなくなる」と。会社員時代、給与明細に並ぶ控除の数字を見るたびに憂鬱になっていたNさん。FIREしたら社会保険料も住民税も低くなると信じていました。
本来、FIRE設計において税金と社会保険料は「変動する生活費」ではなく、毎年必ず発生する固定費として計画に組み込むべきものです。
住民税は前年所得をベースに翌年6月から請求されます。会社員時代は給与から自動的に天引きされていたため意識しにくいですが、退職の翌年は自分で納付書を受け取り、まとめて支払う形になります。国民健康保険料は所得に応じて算定され、上限は年間約100万円。会社員時代は会社が半額を負担していましたが、退職後は全額自己負担です。さらに国民年金保険料(年間約20万円)も加わります。知識としては知っていたはずなのですが、「労使折半で会社が払ってくれていた分」が丸ごと自分の負担になるという事実が、Nさんにはすっぽり抜けていました。
これらを合算すると、運用益が一定規模を超えるFIRE生活者の場合、税・社保だけで年間150万円を超えるキャッシュアウトが最初から発生することになります。
加えて、「医療保険は不要」という判断をするなら、その前提として高額療養費制度の適用範囲と適用外費用の両方を正確に理解しておかなければなりません。本当に医療費を自分の蓄えから支払えるのか。健康なときは、骨折や盲腸といった短期間入院をするような状況ばかり想像しますが、世の中にはNさんの妻の脳卒中をはじめ、延々と出費を余儀なくされる病気も存在するのです。
数億円という資産規模があっても、毎年確実に発生するコストを正しく見積もれていなければ、FIRE計画は簡単に崩壊します。