多くの会社員にとって、「FIRE」は一度は抱く憧れではないでしょうか。上司の顔色をうかがう必要もなく、満員電車に揺られることもない。「十分な資産」と「自由な生活」を手に入れた生活——。しかし、現実はそう甘くないようです。どれほど巨額の資産を築いてリタイアしたとしても、FIRE後の緻密な家計シミュレーションを欠いた計画は、当事者を「地獄」へと突き落とすリスクがあります。本記事では、資産2億円を手に早期退職した現在57歳のNさんの事例を通じ、FIREの実態に迫ります。※個人の特定を防ぐため、事例は一部脚色しています。
「一生遊んで暮らせる!」と早期退職も…資産2億円・57歳元部長のFIRE生活2年、〈妻の異変〉で大転落。元部下に「バイトでいいから働かせて」と泣きつくも、届いた“やんわりお断りメール”に自尊心ズタボロ (※画像はイメージです/PIXTA)

介護のストレスで疲労困憊、揺らぐプライド

追い詰められたNさんがとったのは、本来のNさんであれば絶対にしないような行動でした。

 

かつて自分が目をかけた元部下へ連絡をしたのです。その元部下は、Nさんの下で働いていたころに独立を決意し、いまでは急成長をとげる会社を経営するまでになっていました。品川の居酒屋に元部下を呼び出したNさんはいいました。

 

「週に3日のアルバイトでも、お前の会社で働かせてくれないか。俺が役に立つことがあるのならだが……」

 

元部下からは、「先輩、FIRE生活に少し疲れてるみたいですね」と返されます。

 

元部下の顔からは、「そりゃそうなるだろうよ」という哀れみのような表情を感じたそうです。その夜は、「アルバイトの件は考えてみます」といってくれましたが、後日、丁寧な断りのメッセージが届きました。表向きの理由は「ポジションがない」というものでしたが、Nさんにはその本音が透けてみえるようでした。

 

大企業の元部長という肩書き、かつて部下たちにみせた強引なトップダウンの仕事スタイル、そして疲れているのに身に染み付いたプライドの高さ。企業文化を構築するために苦労しているスタートアップ企業の現場でそれを持ち込まれたら、組織はひとたまりもないでしょう。昔気質の無職の中年を、アルバイトとはいえ参加させるわけにはいきません。

 

Nさんにもそれはわかっています。わかっていても断られるのはきついものがありました。Nさんは会社を辞めたときから、自分が求められる場所はもうないと認めざるを得ませんでした。今後の人生、精神的にも金銭的にもいまのまま妻と暮らしていけるのか。「会社を辞めなきゃよかった」と呟いても、後悔先に立たずです。

孤独への準備が必要

会社員という生き方をしていると、本当の孤独や孤立を味わうことは少ないでしょう。毎朝向かう場所があり、良くも悪くも話しかけられる相手がいて、面倒ではあっても自分の役割があります。それがいかに精神的な支えになっているのか、失って初めてわかります。

 

FIREを目指す人は、お金の計算だけに意識を向けがちですが、孤独と孤立のなかでも揺らがない自分の在り方を、現役のうちに育てておく必要があります。もちろん、万が一を織り込んでシミュレーションしたライフプランも。その準備なしに手に入れた自由は、非常に脆いものです。

 

 

長岡理知

長岡FP事務所

代表

 

 

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