「棚ぼた」の大金が判断力を狂わせる――転落の構造

卓也さんのケースは、決して特異な例ではありません。相続や不動産売却による「不労所得的な大金」を手にしたとき、人はリスク感覚が鈍化しやすいといわれています。自分で稼いだお金と違い、もともとなかったお金という感覚が、損失への警戒心を薄めてしまうと考えられます。

加えて、卓也さんが陥ったのが“ビギナーズラックの罠”です。投資を始めた時期が相場の好調期と重なると、市場の追い風を自分の実力と混同しやすくなります。

利益が出ている間は自信が膨らみ、より大きなリスクを取るようになる――この心理の連鎖が、FXや信用取引といったレバレッジ投資へつながります。レバレッジとは少ない元手で大きな取引を行う仕組みで、相場が想定と逆に動いた場合、損失は一気に加速するのです。

さらに深刻なのが、退職という選択です。5,000万円という金額は、一見すると「10年以上生活できる」ように見えます。しかし会社員が退職すると、健康保険料・国民年金保険料の全額自己負担が始まり、住民税の支払いも続きます。年間の社会保険料負担は、独身・40代後半の場合で50万円を超えることも珍しくありません。投資の損失とは別に、生活コストが静かに資産を削り続けていたのです。

そして、50代での再就職には厳しい現実があります。厚生労働省「令和6年雇用動向調査」によると、50〜54歳男性の転職入職率はわずか4.7%、55〜59歳では4.3%にとどまります。転職入職率とは就業者数に対する、過去1年間に「転職して新しく入ってきた人」の割合です。

転職が活発な20代〜30代前半に比べて半分以下に下がり、50代になると現状維持を選ぶ人が増えるだけでなく、中途採用市場における50代向けの受け皿(求人)自体が限定的であることが浮き彫りとなっています。

同調査では、55〜59歳で転職した男性のうち、賃金が減少した割合は36.6%と、増加した27.4%を大きく上回っています。空白期間が長く、直近の職歴が専業投資家ともなれば、採用はさらに狭き門となるでしょう。

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