「ステップファミリー(子連れ再婚家庭)」という言葉が広く浸透した現代。厚労省の人口動態統計(令和6年)をみても、全婚姻約48.5万件のうち夫の17.9%、妻の15.6%が再婚であり、離婚全体の約27.7%(約5.2万件)が同居5年未満の早期離別であることが示されています。幼い子どもを連れて再婚し、新たな家族を築くことは、現代社会において多様な家族の形の一つとして受け入れられつつあります。しかし、「連れ子」として生きた人々にとって、その道のりは必ずしも平坦とはいえないケースも多々あるようで……。今回は、連れ子として生き抜いた女性の事例から、本当の相続対策とはなにかを紐解いていきます。
「家族のために生きてきたのに…」92歳女性が〈孤独死〉に怯えるワケ。晩年、血の繋がりのない若者に、生まれて初めて明かした“積年の重荷” (※写真はイメージです/PIXTA)

「連れ子」として生きた思い

厚労省の人口動態統計(令和6年)による、年間約48.5万件です。そのうち再婚の割合については、全婚姻件数に対する男女別の割合として、夫が17.9%、妻が15.6%であることがわかります。

 

同年の全離婚件数18.6万件について、離婚までの同居期間を見ると5年未満が5.2万件で全体の約27.7%、最も多い層となっており、5〜10年未満は3.6万件です。このように、同居期間が10年未満で離婚するケースが非常に多くなっています。彼らにもし子どもがいる場合、子どもがまだ幼い段階で離婚し、その後、子連れ再婚によって「ステップファミリー(子連れ再婚家庭)」が形成されるケースも決して珍しいものではなくなりました。

 

いまでこそオープンに語られ、社会の理解も進みつつあるステップファミリーですが、昭和の時代には現代とは比較にならないほどの高い社会的障壁や、家族間での複雑な葛藤が存在していました。

 

今回は、激動の時代を「連れ子」として生き抜き、97歳で生涯を閉じたある女性の、周りからは気づかれにくかった心の重荷と、その最晩年に紡がれた相続の事例をご紹介します。

 

※事例は、実際にあった出来事をベースにしたものですが、登場人物や設定などはプライバシーの観点から変更している部分があります。また、実際の相続の現場は、論点が複雑に入り組むことが多々あり、すべての脈絡を盛り込むことは話の流れがわかりにくくなります。このため、現実に起こった出来事のなかで、見落とされた論点に焦点を当て、一部脚色を加えて記事化しています。

戦争で父を亡くし、母と二人「新しい家」へ

田中清子さん(仮名)は、小学生のころに、戦争で父を亡くしました。戦後の混乱期、母は女手一つで必死になって一人娘の清子さんを育てていましたが、やがて、職場で優しく手を差し伸べてくれた山下太郎さん(仮名)と出会い、再婚することとなります。清子さんは、いわゆる「連れ子」として母に連れられ、山下家へと籍を移すことに。

 

その後、母と太郎さんのあいだに2人の男の子が誕生します。清子さんにとっては、母が同じで父親が異なる「異父弟」にあたります。

 

「後妻の連れ子」と「自分と血のつながった我が子」であれば、夫である太郎さんが実子たちのほうをより可愛がってしまうのは、仕方のないことだったのでしょう。母もまた、困窮から救ってくれた太郎さんへの深い恩義を感じていました。そのため、太郎さんが実子たちへ注ぐ深い愛情を最優先にし、自らも一歩引いて家庭を切り盛りするようになります。

 

2人の弟が生まれたころ、すでに中学生となっていた清子さんは、母を助けるため、我が事のように弟たちの面倒を一生懸命にみつづけました。