(※写真はイメージです/PIXTA)
孫が来れば御馳走を用意し、お年玉も欠かさなかった母
一方、母親もまた「やりくりのプロ」でした。決して裕福ではない年金生活のはずなのに、孫が来れば豪華な食事を用意し、お年玉も欠かさない――。岡田さんはその様子をみて、「年金というのは、工夫次第でこれほど豊かに暮らせるのか」と、根拠のない安心感を抱いていました。
しかし現実は、母親が自分の衣服や趣味を極限まで切り詰め、子どもたちの前で「普通の暮らし」を演じ続けていただけだったのです。「子どもたちにだけは、心配をかけたくない」という親としてのプライドが、結果として岡田さんの危機感を遅らせる要因となってしまいました。母の家計簿に並んでいたのは単なる数字ではなく、無償の愛の結果だったのです。
気づいたときには手遅れ?忍び寄る「家の老化」と「お金の現実」
美談だけでは済まされないのが、実家を巡るトラブルの芽です。いまの岡田さんが直面しているのは、単なる感情論ではありません。そこには、「親を想う心が、そのまま自分たちの生活を破壊する引き金になる」という課題が横たわっています。なぜ、善意が悲劇を招きかねないのか。その背景には、家と家計、二つの深刻な難点がありました。
まず「家の老化」です。1981年以前の旧耐震基準で建てられた住宅はもちろん、築30年を超える木造住宅は、断熱性能や耐震性能が現代の基準を大きく下回ります。
厚生労働省人口動態統計によれば、毎年熱中症で亡くなる方の8割以上が65歳以上の高齢者です。また、寒い時期は、入浴中の事故に気をつけなければなりません。「不慮の溺死および溺水」で亡くなる方は、交通事故で亡くなる方のおよそ3倍に相当します。「夏は暑く、冬は寒い」実家は、もはや親の命を脅かす危険地帯と化しているのです。
次に「お金の現実」です。総務省の「家計調査報告」によれば、高齢者夫婦無職世帯の平均的な家計収支は、かつては年金だけでおおむね賄えていた世帯が比較的多数の時期もありましたが、現在は物価上昇や医療・介護費の増大により、毎月数万円の赤字が出る構造が一般的となっています。 さらに、内閣府の「高齢者の生活と意識に関する国際比較調査」では、日本は他国に比べ「家族との接触頻度」が低く、岡田さんのように「姉妹がいても年に1回~2回しか会わない」という状況は、有事の際の協力体制を極めて脆くします。
「親の年金だけでなんとかなる」という前提は、右肩上がりの経済と、十分な年金給付、そして親自身の若さがあった時代にしか通用しない、過去の遺物です。