親の資産を「当然相続できるもの」と考える子世代と、自分のために使いたい親世代。この認識の乖離(かいり)によって、時に深刻な親子間の亀裂が生じることもあります。ある母子のケースを通して、現代の親子が直面する「資産と自立」のリアルを見ていきます。
「親の誕生日なんて、どうでもいいのね…」〈年金月15万円〉〈貯金4,000万円〉70歳母、都内好立地の自宅を売却して老人ホームに入居。慌てて駆けつけた43歳長男に投げかけた「非情なひと言」 ※写真はイメージです/PIXTA

自宅の売却と老人ホームへの入居

誕生日の翌週、久美子さんは不動産会社へ連絡し、自宅の売却手続きを開始しました。物件は都心の人気エリアに位置する約120平米の土地で、査定額は1億2,000万円を超えました。

 

「終活の一環です。維持するのも大変だったので、家を売ったお金で施設に入ろうかと見学に回っていました。ちょうどいいところが見つかったので、契約を済ませたところでした」

 

健一さんは以前から「この家はいずれ俺が相続して住む」と話していましたが、久美子さんは相談することなく売買契約を締結しました。売却を知った健一さんが自宅へ駆け込んできたのは、引越し業者の見積もりが終わった直後でした。

 

「母さん、正気か! この家を勝手に売るなんて、俺たちの将来はどうなるんだ」

 

玄関先で怒鳴る健一さんに対し、久美子さんは落ち着いた口調で返しました。

 

「自分の資産をどう使おうと、私の自由でしょう」

 

健一さんは「老後の資金計画が崩れる」と詰め寄りましたが、久美子さんはさらに言葉を続けました。

 

「老人ホームの入居金で、売却益の多くは使い切ります。あなたたちに残すものは、もうありません」

 

健一さんは絶句したまま、立ち尽くしていたといいます。

 

厚生労働省『介護給付費等実態統計月報』などによると、年代別の人口に占める要支援・要介護認定者の割合は、70代前半で5.8%ですが、70代後半では11.8%、80代前半では26.7%と、年齢とともに急速に上昇します。

 

「将来を見据えて、安心して暮らせることが一番だと思いました」

 

久美子さんは現在、都内の介護付き有料老人ホームで生活しています。

 

「あれ以来、息子からの連絡はさらに少なくなりました。でもいいんです。以前よりもずっと穏やかに過ごせています」