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自宅の売却と老人ホームへの入居
誕生日の翌週、久美子さんは不動産会社へ連絡し、自宅の売却手続きを開始しました。物件は都心の人気エリアに位置する約120平米の土地で、査定額は1億2,000万円を超えました。
「終活の一環です。維持するのも大変だったので、家を売ったお金で施設に入ろうかと見学に回っていました。ちょうどいいところが見つかったので、契約を済ませたところでした」
健一さんは以前から「この家はいずれ俺が相続して住む」と話していましたが、久美子さんは相談することなく売買契約を締結しました。売却を知った健一さんが自宅へ駆け込んできたのは、引越し業者の見積もりが終わった直後でした。
「母さん、正気か! この家を勝手に売るなんて、俺たちの将来はどうなるんだ」
玄関先で怒鳴る健一さんに対し、久美子さんは落ち着いた口調で返しました。
「自分の資産をどう使おうと、私の自由でしょう」
健一さんは「老後の資金計画が崩れる」と詰め寄りましたが、久美子さんはさらに言葉を続けました。
「老人ホームの入居金で、売却益の多くは使い切ります。あなたたちに残すものは、もうありません」
健一さんは絶句したまま、立ち尽くしていたといいます。
厚生労働省『介護給付費等実態統計月報』などによると、年代別の人口に占める要支援・要介護認定者の割合は、70代前半で5.8%ですが、70代後半では11.8%、80代前半では26.7%と、年齢とともに急速に上昇します。
「将来を見据えて、安心して暮らせることが一番だと思いました」
久美子さんは現在、都内の介護付き有料老人ホームで生活しています。
「あれ以来、息子からの連絡はさらに少なくなりました。でもいいんです。以前よりもずっと穏やかに過ごせています」