(※写真はイメージです/PIXTA)
30年前、夫が「無価値」と切り捨てた場所
「老後は二人で、のんびり温泉にでも行こう」
都内の中堅企業を定年退職し、現在は月額22万円の年金で暮らすトシオさん(67歳)。妻のサチコさん(63歳)とは、周囲からも「おしどり夫婦」と呼ばれるほど仲が良く、穏やかな余生を過ごしていると思い込んでいました。
しかし先日、サチコさんがテーブルに置いた書類が、トシオさんの信じていた日常を激変させます。
「……長野の実家の登記簿じゃないか。どういうことだ、あそこは親戚に譲って、処分したはずだろう」
30年前、サチコさんの実家で相続問題が起きた際、トシオさんはこう断言していました。
「あんな古い家、維持費と固定資産税がかかるだけでなんの得にもならない。親戚と調整して、早く処分してしまいなさい」
サチコさんにとって、実家は大切な場所でした。しかし、トシオさんの正論に反論すれば角が立つ。いつも口論になるとサチコさんは負けてしまいます。そこで、サチコさんは当時、黙って頷きました。「親戚が引き取ることになった」と嘘をつき、夫の視界から実家の存在を消したのです。
「いいえ、売っていなかったの。あのとき、あなたのいうとおりだと思って一度は諦めかけたけれど、どうしても自分の場所をなくしたくなくて。名義を私に移して、維持し続けてきたのよ」
おしどり夫婦、30年の真実
サチコさんが口にした言葉は、さらにトシオさんを追い詰めました。
「ごめんなさい。でも、もともとはいつかあそこに一人で住むつもりだったの」
トシオさんは驚愕しました。
「一人で……? 俺と別れるつもりだったのか? 30年間、ずっとその準備をしていたというのか」
穏やかだったはずの生活、二人で笑い合った思い出。それらがすべて、別離を見据えた仮初めのものだったのではないか――。トシオさんの胸中に激しい疑念が湧きます。サチコさんは、取り乱す夫を静かにみつめて答えました。
「離婚なんて考えていなかった。でも、あなたの正論に従って、あなたの決めたルールのなかで生きることに、ときどき息苦しさを感じていたのも事実。もしものとき、誰の顔色も伺わずに帰れる場所を確保しておくことが、私にとっての心の支えだったの」