連休前の「子どもが帰ってくる」という知らせを、手放しで喜べたでしょうか。かつての現役時代なら嬉しさしかなかったはずの帰省が、リタイア後、なぜか「モヤモヤ」とした不安に変わってしまう……。そんな経験を持つ人は少なくありません。本記事では義男さん夫婦の事例とともに、退職後の家計の言葉にできない不安について、FPオフィスツクル代表・内田英子氏が解説します。※本記事の事例は複数の相談をもとに、プライバシー保護のため脚色を加えています。税務・法務等の個別判断は各専門家にご相談ください。
「まさか、帰らない気か?」年金月21万円・67歳夫婦の気がかり。GW初日から帰省した37歳次男、リビングで三食待ち続け「今日で9日目」…一切見えない「“自分の家”に帰る気持ち」
9日目、Uターンラッシュのニュースを横目に
滞在9日目の朝、テレビのニュースでは「Uターンラッシュが始まりました」と報じていました。義男さんは健二さんに尋ねます。
「今日あたり帰るのか?」
返ってきたのは「んー、もうちょっとゆっくりしようかな」という気の抜けた返事。パジャマ姿で寝転ぶ健二さんに、帰る気配は一切見えません。(まさか、帰らない気か? このまま帰らなかったらどうしよう……)と義男さんは不安に駆られてしまいました。
結局、健二さんが荷物をまとめたのはGW最終日。11日間の長い帰省でした。「じゃあね。ありがとね」と去っていく次男を見送ったあと、和子さんはぽつりとつぶやきました。
「……疲れたわね」
義男さんも深く頷きます。義男さんは、お金のことをうるさくいいたくはないと思いながらも、この11日間でいくら使ったのか、と気が重くなりました。
取り崩し期に入った家計の「見えない重し」
筆者は普段、現役世代を中心に家計設計の相談を行っていますが、リタイア前後の方からは「資産の取り崩し」に関する相談を受けることもあります。
資産の取り崩しには、独特の恐怖を伴うものです。給与収入があったころなら気にならなかった出費が、急に重く感じられるようになるケースは珍しくありません。11日間、義男さんがなにもいえなかったのは、親としての優しさだけではなかったのでしょう。
現役時代は、多少の出費も「来月の給料で取り戻せる」「ボーナスがあるから大丈夫」と思えました。しかし年金生活では、昇給もボーナスもありません。貯蓄は、使って減ることはあっても、増やすことは現実的に考えると困難なケースが多いです。特に、予定していなかった支出に直面したとき、予定していた資金計画が大きく崩れたように感じ、不安が募りやすいものです。
義男さんが感じていた居心地の悪さの正体も、こうした切実な危機感だったのではないでしょうか。「お金のことは気にしたくない」という思いがあればなおさらです。不安を直視することは難しいのかもしれません。だからこそ「帰ってほしい」ともいえず、「いてもいい」ともいいきれず、11日間が過ぎていきました。
「暮らしの方針」がないと、判断ができない
では、義男さん夫婦はどうすればよかったのでしょうか。健二さんに「いつ帰るんだ」と迫っても根本的な解決にはなりません。夫婦に必要だったのは、自分たちの暮らしの方針を持っておくことでした。
・自分たちの暮らしで大切にしたいことはなにか。
・月々の生活費としてどのくらいの水準を守りたいか。
・家族への支援はどこまでと考えるか。
・年間の取り崩し額として、どの程度までなら安心でいられるか。
こうした基準がかたちになっていれば、それが判断材料になります。「ここまでは喜んで迎えるけれど、ここからは相談しよう」と自分の中で線引きすることができるようになるのです。ささいなことで不安に振り回される場面が減っていくでしょう。
こうした方針を書き出すツールの一つとして、筆者はエンディングノートをお勧めしています。エンディングノートというと「遺書」や「相続対策」をイメージされる人も多いですが、これからの暮らしをどうしたいかを整理するために使えます。元気なうちに、自分たちの希望を自分たちの言葉で書いておくことで、暮らしの舵取りを自分たちの手に取り戻す糸口となります。