(※写真はイメージです/PIXTA)
「安易な贈与」が招く悲劇…法務省統計に見るトラブルの影
照子さんのようなケースは、決して珍しい話ではありません。 法務省『登記統計』によると、令和5年度の贈与を原因とする所有権移転登記(土地・建物合計)の件数は、約66万8,000件にのぼります。 なかには、親族間での「良かれと思って」の行為が、結果的に住まいを奪われる引き金になるケースも少なくありません。
今回の事例で見逃せないのは、「名義変更」と「養子縁組」が同時に行われていた点です。 一見すると、身内に財産を託し、法的にも関係を強化するように見えます。 しかし実際には、この組み合わせが照子さんの立場を著しく弱くしてしまいました。
まず、不動産の名義を変更した時点で、家の所有権は完全に甥に移転します。 たとえ長年住み続けてきた家であっても、法的には「住まわせてもらっている立場」となり、居住を主張する権利は極めて限定的です。 さらに養子縁組によって、甥は法律上の「子」となり、親族としての関与が強まります。 これにより、財産管理や生活面への介入がより自然なものとして受け取られやすくなり、金融機関や介護施設などの第三者も、家族としての関係性を前提に手続きを進めてしまうのです。
では、なぜ照子さんは対抗できなかったのでしょうか。 その大きな理由のひとつが、日本の法律において「贈与」は原則として解除が困難である点にあります。 民法第550条では、書面による贈与は基本的に取り消すことができないとされており、とりわけ不動産の登記移転まで完了している場合、「約束と違う」として返還を求めることのハードルは非常に高くなります。
問題の本質は、「面倒を見る」という約束が法的に担保されていなかった点にあります。 口頭での合意や信頼関係は、法律上の権利としてはほとんど効力を持ちません。 そのため、名義変更後に関係が悪化しても、有効な対抗手段を取りにくいのが実情です。
本来であれば、「介護を条件とする負担付贈与」を公正証書で締結しておくことで、義務が履行されない場合に契約解除を主張できる余地が生まれます。 また、死後に財産を移転する遺言(遺贈)や、終身の居住権を確保する「配偶者居住権」に準ずるような契約といった方法も、有効な選択肢となり得たでしょう。
内閣府『高齢者の生活と意識に関する国際比較調査(令和2年)』によると、日本では老後に頼りにする相手として「子ども」を挙げる人が約6割台と最も多く、他国と比べても家族への依存度が高い傾向が見られます。 一方で欧米では、配偶者や友人、公的サービスなどに分散する傾向があり、家族以外の選択肢も広く持たれています。 こうした背景から、日本では親族への信頼を前提に財産を託す判断がなされやすいと考えられます。 しかし、その「信頼」自体に法的拘束力はありません。
「家族だから大丈夫」という言葉は、法的な場面では驚くほど無力です。 老後の安心を善意という不確かなものに預けるのではなく、書面や制度によって客観的な対抗手段を確保しておくこと。 それが、自身の生活と尊厳を守るための唯一の防衛策といえるでしょう。
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