内閣府が公表した「満足度・生活の質に関する調査報告書2023」によれば、高齢期において「生きがい」や「生活の満足度」を左右するのは、所得の多寡だけではありません。同調査では、社会的なつながりや自己実現の機会が減少することで、生活満足度が著しく低下する傾向が示されています。特に、仕事一筋で歩んできた男性にとって、定年退職は「社会的な居場所」を失う大きな転換点です。元会社員・ヒロシさん(仮名)の事例から、定年後の生活について考えます。
毎日冷凍のうどん、うどん、うどん…《退職金1,500万円・厚生年金15万円》拍手で見送られた「サラリーマン最後の日」。65歳夫、翌朝から始まった「今日が何曜日かわからなくなる」長い老後 (※写真はイメージです/PIXTA)

定年後に広がる「見えない孤独」

ヒロシさんの事例は、経済的な不安はなくても、「精神的な居場所」と「生活の自立」が欠如していたことで起こる典型的な「定年後クライシス」です。

 

ケイコさんがお米すら炊かなかったのは、単なる手抜きではないのかもしれません。「米=おかずが必要」という夫の無意識の期待に応え続けることへの限界でした。冷凍うどんは、妻が「自分の時間は自分のために使う」という一線を引くための、切実な防衛策だったのでしょう。

 

また、ヒロシさんの「受け身」は、会社のなかで与えられた仕事をこなすことには長けていても、「自分の生活をゼロからプロデュースする」能力が退化していたことを示しています。なにを食べるか、どう過ごすかを自分で主体的に決められない状態は、精神的な老化を早める大きな要因となります。

 

内閣府の調査が示すとおり、満足度を左右するのは所得だけではありません。

 

・社会的なつながり(会社以外の友人)

・自己実現(没頭できる趣味や役割)

 

これらは、現役時代から少しずつ準備しておくべき「見えない資産」です。定年後の生活において最も必要なのは、一人の人間として、自分の機嫌を自分で取れるスキルではないでしょうか。

 

豊かな老後とは、贅沢な食事をすることではなく、「今日一日をどう楽しく使い切るか」を自分で決められる自律心に宿ります。食卓の冷凍うどんは、妻からの静かながらも重いエールなのかもしれません。