人手不足時代でも帰れない現実…長時間労働が常態化する企業の実態
「募集をかけても、応募がない……」
ある地方の製造業A社の社長は、そう言って深くため息をつきます。運良く採用できても従業員がわずか数ヵ月で辞めてしまう――この繰り返しが、もう何年も続いているからです。
こうした状況は、決して特殊なものではありません。少子高齢化や都市部への人材流出、働き方に対する価値観の変化……これらが複合的に作用し、地方や特定業種では危機的状況が続いています。令和7(2025)年12月の製造業有効求人倍率は1.61倍と少し落ち着いてはきたものの、それでも依然として高水準です。
「欠員が出たとき、企業はどうするか?」
答えは明白です。いまいる社員で、その穴を埋めるしかありません。営業が1人辞めれば、残った担当が顧客を引き継ぐ。製造ラインで人が足りなければ、誰かが居残りでカバー。こうして、1人ひとりの業務負荷は確実に増えていきます。
中小企業でも、令和2(2020)年4月に施行された働き方改革の残業規制でいったんは減った残業時間ですが、それ以降は横ばいで、毎月20時間程度で推移しています。
残業規制があるとはいえ、目の前にある仕事は誰かがカバーする必要があります。社長や管理職自身も、部下に残業を頼む以上、自分も現場に立たなければならないという責任感から、先に帰ることはできません。
こうして、会社全体が長時間労働に巻き込まれていく構造になっているのです。気づけば、経営者自身が最も長く働いているというケースも珍しくありません。
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人手不足で「募集しても応募がない」企業の現状
長時間労働は、決して誰かの悪意によって強いられるものではありません。むしろ、その出発点にあるのは、経営者や管理職の強い責任感と善意です。
ある運送会社Bでは、ドライバーが1人退職し、配送ルートに穴が開きました。困った社長は、既存のドライバーに「申し訳ないが、しばらく追加で回ってもらえないか」と頭を下げます。取引先との信頼関係を守り、顧客に迷惑をかけないためです。ドライバーたちもその事情を理解し、残業が常態化していきました。
また、別の建設会社Cでは、「社員の収入確保」が長時間労働を後押しする要因となりました。家族を養う社員たちにとって、残業代は生活の一部です。社長は、「みんなの生活を守るためには、いまある仕事を全力でこなすしかない」と考えたのです。
これらの事例に共通して、多くの経営者が陥る最大の思い込みが、「いまだけ」「一時的」という認識です。「採用活動を強化すれば、いずれ人は入ってくる」と信じて、目の前の負荷を受け入れてしまうのです。
しかし現実には、その「一時的」が半年になり、1年になり、やがて常態化していきます。
令和6(2024)年度の総務省の資料によると、運送業界の20代のドライバーが約10%であるのに対し、50代が約30%。若年層が少ないのも深刻な問題となっています。
人手不足がもたらす業務負担の集中と残業増加
そして、善意から始まった長時間労働は、やがて組織のなかで「黙認」という形で定着していきます。
ある製造業D社では、長時間労働が続いた結果、社員たちが自主的に残業申請を出さなくなっていました。「会社が大変なのはわかっているし」という空気が、職場を支配しています。管理職も、その状況を見て見ぬふりをしていました。
残業を承認すれば人件費が膨らみ、かといって業務を減らすこともできません。結果として、「記録に残さない残業」が常態化していきます。
さらに深刻なのは、管理職自身が板挟み状態に陥ることです。経営陣からは「コストを抑えろ」と言われ、現場からは「人が足りない」と訴えられる。苦肉の策として、タイムカードは定時で打刻させ、その後の作業は「自主的な残業」として扱う……こうして、実態と制度が乖離していきます。
この認識のズレが、後に取り返しのつかない事態を招くのです。
人手不足でも減らない残業時間の推移と構造的課題
黙認されたままの長時間労働は、いずれ企業に深刻な法的リスクとして跳ね返ってきます。最も典型的なのが、「未払い残業代請求」です。
労働基準法では、過去3年分まで遡って請求することができます。仮に月50時間の未払い残業が3年間続いていたとすれば、1人あたり数百万円の支払いが発生する可能性があります。
実際、厚生労働省の公表によれば、2023年に労働基準監督署が把握した未払い賃金の是正件数は2万件超、是正額の総額も約92億円に達しています。未払い賃金問題は、決して一部の例外的な事案ではありません。
さらに恐ろしいのは、「過労死ライン」です。月80時間を超える時間外労働は労災認定の基準となります。もし社員が心身の健康を害し、それが長時間労働に起因すると認められれば、企業は安全配慮義務違反を問われ、数千万円~億単位の損害賠償を求められることもあります。
加えて、行政による è是正勧告や企業名公表というリスクも存在します。一度公表されれば、採用活動にも取引にも影響が及ぶ。「善意でやっていた」という言い訳は、法的にはいっさい通用しません。
人手不足が引き起こす“善意型”長時間労働の正体
こうした法的トラブルと並行して、「組織そのものが内側から崩壊していく」というのも見逃せないリスクのひとつです。
最初に訪れるのは、疲弊による生産性の低下です。長時間労働が続けば集中力は落ち、ミスが増え、判断力も鈍ります。同じ業務量でも以前より時間がかかるようになり、さらに労働時間が延びるという悪循環に陥ります。
次に訪れるのが、若手や優秀な人材の離職です。彼らは、「このままでは自分の将来がない」と判断すれば、躊躇なく転職を決断します。ある民間企業の調査では、退職時に本当の理由を伝えなかった人の割合が約54%という統計もあり、退職時に辞める理由を正直に言わないケースも少なくありません。
最も怖いのは、職場の不満が表面化しないまま蓄積していくことです。忠誠心の高い社員ほど、不満を口にしません。しかし、我慢には限界があります。ある日突然複数の社員が一斉に退職を申し出て、経営者が気づいたときには、もう手遅れになっているのです。
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「頑張っている会社」ほど危ない…人手不足時代に必要な労務視点の転換
皮肉なことに、最も危険なのは「頑張っている会社」です。社員の忠誠心が高く、家族的な雰囲気を大切にしている企業ほどこの落とし穴に気づきにくく、「忠誠心」に依存した経営が成立してしまう恐れがあります。
「この会社のためなら」と社員が無理を引き受け、社長もまた「みんなが支えてくれている」と感謝する……この相互依存の関係は短期的には強固に見えますが、長期的には極めて脆い構造です。忠誠心は制度ではなく、あくまで感情であり、感情に依存した経営は、いつか必ず破綻します。
さらに問題なのは、そういった「頑張っている会社」であるほど、往々にして人的リソースを無視した右肩上がりありきの事業計画が組まれていることです。
「現場が頑張ってくれればなんとかなる」という前提で受注し納期が設定されるものの、その“頑張り”が法的にも社員の心身でも限界を超えていることに、経営者は気づいていないのです。
そして、社長の善意そのものが、組織リスクになる瞬間が訪れます。「社員のために仕事を取ってきた」「収入を確保するために残業を認めた」――。その判断が、未払い残業代請求や労災認定につながったとき、善意は責任に転化します。
法は、決して善意を免責しません。
人手不足が引き起こす“善意型”長時間労働の正体
では、人手が足りないなか企業が最悪の結末を迎えないためには、どうすればいいのでしょうか。その答えは、“頑張り”を前提にしない業務設計にあります。
まず取り組むべきは、業務の優先順位の明確化と、思い切った業務削減です。「すべての仕事をこなす」ことを諦め、「なにをやらないか」を決めることが重要です。採算の合わない仕事や過剰なサービスを整理する勇気が求められます。
それと同時に、「正社員にしかできない」という固定観念を撤廃し、外注やIT活用、業務分担の再構築、高齢者やパート従業員の採用も積極的に行うべきです。
社内で抱え込んできた業務を外部に委託し、RPAやクラウドツールで定型業務を自動化。そして、社員の負担を減らすためにフレックス制度の導入で柔軟な働き方を実現するのも一手です。
こうした施策は、一時的にはコストの増大や構造改革に伴う混乱が伴うものの、長期的には組織を守る投資となります。
重要なのは、「いまのやり方を前提に人を増やす」のではなく、「いまのやり方そのものを変える」という発想です。
人手不足企業の社長が見直すべき3つのポイント
経営者がいますぐ着手すべきポイントは、下記の3つです。
1.人手不足でも正確な労働時間の実態把握
本当の労働時間を正確に把握しているか、タイムカードの記録と実態が一致しているか。まずは現実を直視することから始めましょう。
2.人手不足下で疲弊する管理職の負担軽減
管理職が板挟みになり、労働時間の黙認という選択をせざるを得ない状況になっていないでしょうか。管理職の疲弊は、組織崩壊の予兆です。
3.人手不足でも「善意」に依存しない制度設計
先述したように、「善意」は制度に置き換える発想を持つことが重要です。社員の頑張りや忠誠心に依存するのではなく、適切な労働時間管理や公正な評価制度、明確な業務範囲の設定といった「仕組み」で組織を支える必要があります。
善意は尊いものですが、それだけで組織は守れません。
人手不足は、これからも続きます。だからこそ、「長時間労働」という安易な解決策に逃げてはなりません。社長の善意が会社を壊す前に、冷静に、構造的に、労務リスクと向き合うときが来ています。
それは社員を守ることであり、同時に、会社そのものを守ることになるのです。
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