開業直後に起こりやすい「勤務前後の時間」の誤解
クリニックのスタッフは、診療時間以外にもさまざまな準備・片づけ作業を行っています。しかし、それらが「業務の一環」なのか、「自主的行動」なのかを明確にしていないケースが少なくありません。
労働基準法上の労働時間とは、「使用者の指揮命令下にある時間」を指します。つまり、院長や上司が「行うのが当然」として黙認している行為であっても、実質的に指示とみなされれば労働時間に含まれます。以下では、クリニックで問い合わせの多い4つの場面を取り上げます。
事例①:着替えの時間は?
制服への着替えが必要な職場では、勤務開始前後の「更衣時間」が問題になることがあります。職場に更衣室があり、出勤後すぐに制服に着替えることが業務上の前提であれば、その時間も労働時間とされることがあります。
一方で、私服通勤・自宅で着替え可能な場合や、出勤前に自発的に着替える場合は労働時間に含まれません。「出勤後にタイムカードを押してから着替えるのか」「着替えた後に打刻するのか」など、運用ルールを明確にすることが大切です。
事例②:手洗いやアルコール消毒の時間は?
医療現場では、診療開始前の手洗いやアルコール消毒が業務上必須となります。この「手洗い」も、感染防止のために院内ルールとして義務づけている場合には、労働時間に含まれる可能性があります。
例えば、「出勤後にまず手洗いを済ませてからタイムカードを押す」という運用だと、実際には勤務前に業務が始まっているとみなされるおそれがあります。
「出勤 → 着替え → 手洗い → 打刻 → 朝礼」
といった順序をあらかじめ定め、スタッフ全員が同じ認識を持てるようにすることが重要です。
事例③:朝礼やミーティングの扱いは?
開院前に行う朝礼や申し送りも、全員参加が求められている場合には労働時間に含まれます。「自主参加」や「任意参加」と称していても、実際には出席が当然視されている場合には指揮命令下にあると判断されるため注意が必要です。
朝礼を勤務時間内に組み込むか、あるいは所定労働時間の一部として扱う運用を検討しましょう。スタッフの協力のもとで円滑に業務を進めるためにも、「何時から勤務が始まるのか」を明確に示すことが信頼関係につながります。
事例④:清掃や片づけの時間は?
診療後の清掃や片づけも、医療サービスの一部といえます。とくに器具の滅菌や待合室の整頓、診察室の消毒などは、患者の安全に関わる重要な作業です。
「終業後に自主的に清掃しているだけ」と思っていても、院長がそれを当然視していれば、業務命令下にあると判断されることがあります。終業時刻を過ぎたあとの片づけが常態化している場合は、終業時刻の設定や残業時間の管理を見直す必要があります。
清掃を勤務時間内に組み込む、またはシフトに「清掃担当時間」を設けるなど、現実的な運用が望ましいでしょう。スタッフの善意に頼らず、「清掃も勤務の一部である」とルールに明記することで、トラブルを未然に防ぐことができます。
明文化されたルールが「信頼関係」をつくる
これらの作業は一見すると小さな時間の積み重ねですが、1日数分でも積算すれば大きな差になります。「なんとなく始めて、なんとなく終わる」運用では、後から「その時間は労働時間だったのでは?」と疑義が生じかねません。
「勤務時間の開始・終了」「打刻のタイミング」「着替えや清掃の扱い」などを就業規則や勤務ルールに明文化しておくことが、スタッフとの信頼構築の第一歩です。ルールを共有しておけば、トラブルを避けるだけでなく、職場全体の安心感や定着率向上にもつながります。
山本 達矢
社会保険労務士法人WILL
代表社労士
特定社会保険労務士

