頑固な父が家族のために残していた「たった一つの保険」

都内の企業に勤める三島健一さん(仮名・55歳)は大学進学とともに地方から上京し、現在も都内にある自宅で、妻と子どもと暮らしています。

父親は6年前に82歳で亡くなり、先日、母親の芳子さん(仮名・84歳)も息を引き取りました。父親は、いわゆる昭和気質の頑固な人でした。地方の企業の技術職として長年働き、家庭では寡黙なタイプ。「金のことは俺に任せておけ」――それが父の口癖でした。

母は専業主婦で、生活にかかるお金は父親から渡された分でやりくりしていましたが、家計の全体像は把握していなかったようです。銀行口座や貯金額、保険契約なども父がすべて管理しており、母は詳しい状況を知らなかったといいます。

ただ一つだけ、家族が知っている保険がありました。父がある日、母にこう言ったのです。

「俺が死んだら、葬式代はこれで払ってくれ」

そう言って見せたのが、終身保険の証書でした。保険金は300万円。葬儀費用をまかなえる程度の金額です。そのため家族は自然と、「父の保険はこれだけなのだろう」と思い込んでいました。

そして6年前、父が心不全で突然亡くなった際に、残された母親と息子の健一さんがまず思い出したのは、父が話していた終身保険です。父の言っていた300万円の保険証書はすぐに見つかり、その保険金で葬儀を執り行うことができました。

「お父さん、ちゃんと準備してくれていたんだね」

母も健一さんも、そう言って胸をなでおろしました。しかし、この「たった一通の保険証書」の存在が、後に思わぬ結果を招くことになるとは、その時の二人は知る由もありませんでした。

父が残したわずかな財産で、細々と暮らすしかなかった母

葬儀が終わり、母親の一人暮らしが始まりました。そこで初めて、父親の残した家計の状況が明らかになりました。父名義の通帳に残されていた預金は、わずか約500万円だったのです。

母親の収入は主に遺族年金です。しかし、その金額は月約15万円と、決して多くありません。築40年の自宅は修繕も必要で、固定資産税や光熱費を支払うと手元に残るお金はわずかです。母は節約を重ねながら、年金で細々と暮らす生活を続けました。

健一さんは同居を提案しましたが、母親は、「お父さんと過ごしたこの家を守りたいの。迷惑はかけられないし」 と言って首を縦に振りませんでした。

かつて気丈だった母の背中は、次第に小さくなっていきました。そして父の死から6年後、母もまた静かに息を引き取ったのです。