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「私が我慢すればいい」という呪縛からの脱却
都内のIT企業で課長職を務める佐藤美由紀さん(45歳・仮名)は、半年前まで、72歳になる母親の和子さんと二人で暮らしていました。
美由紀さんの月収は額面で45万円。手取りでも30万円台半ばを超え、独身生活を送るには十分な収入です。一方、和子さんの年金は月13万円。二人の収入を合わせれば、都内での生活も決して苦しいものではありませんでした。
「父が亡くなってから10年、母と二人で暮らす生活が当たり前だと思っていました。母は足腰が少し弱くなっていましたが、日常生活に支障はありません。ただ、私が仕事から帰ると、必ずリビングで待っていて、その日にあったことを延々と話し始めるんです」
美由紀さんが自室に引きこもろうとすると、和子さんは「冷たい」「一人で寂しい思いをさせて」と嘆きます。夕食の献立から休日の過ごし方まで、常に母親のペースに合わせる日々。美由紀さんは、いつしか「いい娘」を演じることに疲れ果てていました。
「ある日、仕事で大きなミスをして帰宅したとき、私はつい母に愚痴をこぼしてしまいました。すると母は『あなたが仕事を辞めたら、私はどうしたらいいの?』と声を荒らげたのです。その瞬間、これまで我慢してきた気持ちがあふれました。このとき初めて、実家を出たいという思いが明確になりました」
美由紀さんは、母親の生活費を補うためや実家を維持するために、自分の貯金を切り崩すこともありました。和子さんは「自分の年金は将来のために残しておきたい」と言いながら、生活費の多くを美由紀さんに頼っていたのです。
「結局、私は母にとって便利な『財布』であり、『話し相手』でしかなかった」と美由紀さん。そう考えるようになると、和子さんと一緒にいることが、本当に苦しいものに感じ始めたといいます。
しかし、もし本当に家を出ることになったら、今までのように金銭的なサポートができなくなる。そうなると、母はどうするのか――。堂々巡りのなか、美由紀さんは和子さんに涙ながらに訴えました。
「お母さん、ごめんなさい……。でも、もう限界なの。この家、出て行っていいかな」
告白したのは秋口。最初は泣き叫んで反対されたといいますが、話し合いを重ねながら、翌春には実家近くのマンションへの引っ越しを決定しました。約半年の準備期間、母娘で感情をぶつけ合う場面もありましたが、少しずつ冷静に話せる時間が増えていったそうです。
現在、美由紀さんは実家から電車で15分ほどの街にマンションを借りて住んでいます。 「驚くほど心が軽い」と彼女は話します。和子さんも最初は寂しそうでしたが、近所の趣味のサークルや友人との時間を楽しむようになり、少しずつ自立した生活を送っているといいます。
「実家を出て気が付いたのは、私も母に依存していたところがあったこと。距離を保つことで、以前より穏やかに関わり合える関係になったと感じています」