「老後は持ち家があれば安心」日本人の多くがそう考え、マイホームにお金をかけます。実際、総務省の「平成30年住宅・土地統計調査」によると、高齢夫婦世帯の持ち家率は約93%と非常に高い水準にあります。しかし、この「持ち家偏重」の資産構成は、老後生活におけるリスク要因になることも。実例をみていきましょう。
キャッシュで買った「郊外の庭付き戸建て」へ転居した年金月20万円・退職金2,100万円の70代夫婦…真冬、帰省した息子がリビングで目にした「直視できない惨状」 (※写真はイメージです/PIXTA)

借金はしたくない…終の棲家の資金計画

購入にあたり、55歳で借金を背負うことが不安だったため、住宅ローンは組まず、手持ちの6,500万円を現金一括で支払いました。一瞬にして老後資金が底をつきましたが、ユタカさんに不安はありませんでした。

 

「定年まであと5年働けるし、なにより2,100万円の退職金が入る。なんとかなるだろう」

 

しかし、ここからの5年間が誤算でした。55歳を過ぎて本社勤務となり年収がダウン。一方で、手に入れた75坪の平屋は、毎年数十万円の固定資産税と都市計画税がかかります。さらに、こだわりの平屋やワインセラーの空調管理にかかる光熱費は、以前とは桁違いでした。

 

結局、思ったように貯蓄を回復できないまま60歳の定年を迎えます。予定どおり2,100万円の退職金を受け取りましたが、これだけが、夫婦に残された唯一の頼れる現金となってしまいました。

資産はあるのに金がない…「金食い虫」と化した理想の家

そして現在、72歳。退職から10年以上が経過し、ユタカさん夫婦は深刻な資金不足に直面しています。

 

夫婦の年金収入は月20万円ほど。しかし、現役時代の感覚で続けていたワインのある生活や庭の手入れ、そして広すぎる家の維持費により、家計は毎月赤字。その補填として退職金を取り崩し続けた結果、2,200万円は税金や家の修繕費なども重なり、すでに500万円を切っていました。

 

立派な家はあるのに、手元に現金がない状態に。さらに追い打ちをかけたのが、設備の故障です。築12年を迎え、給湯器と床暖房が同時に故障。業者からは高額な修理見積もりが届きました。

 

「……修理は、諦めよう」

 

残高が減る恐怖から、ユタカさんは修理を断念しました。 かつては夫婦でワインを傾けた自慢のリビング。今は暖房の効かない寒々しい空間で、厚着をして耐える日々です。

 

そんなある冬の日、息子が孫を連れて久しぶりに遊びに来たときのことです。

 

「うわ、寒っ! 父さん、家の中なのに息が白いよ。暖房入れてないの?」

 

玄関を開けた途端、底冷えするような寒さが息子を襲いました。みれば、ユタカさんとヨウコさんは、広々としたリビングで厚手のフリースやダウンベストを着込み、小さな電気ストーブ一つに身を寄せ合っています。

 

「ああ……実は故障してしまってな。修理代もバカにならんから、今年はこれで凌ごうかと」

 

気まずそうに視線を落とす父。かつては理想の家と誇らしかったのに、暖房すら満足に使えず震えている両親の姿――。そのあまりに寒々しい現実に、息子は掛ける言葉がみつからず、ただ呆然と立ち尽くすしかありませんでした。

 

「キャッシュで家を手に入れたはずなのに、まさかその家のせいで、日々の暮らしに困ることになるなんて……」

 

壊れた室外機を横目に、ユタカさんは白い息を吐きながら、深いため息をついています。

老後における資産リッチ・キャッシュプアの恐怖

ユタカさんの事例は、典型的な「資産リッチ・キャッシュプア」の落とし穴です。

 

総務省の「家計調査年報(2023年)」によると、65歳以上の夫婦のみの無職世帯の実収入は月額約24万5,000円に対し、消費支出は約25万円。平均的な生活でも収支は均衡か赤字傾向であり、ここに固定資産税や家の修繕費といった「特別支出」は含まれていません。

 

特に戸建ての維持費は盲点になりがちです。国土交通省の資料等を参照すると、戸建て住宅の修繕費は30年間で500万〜600万円程度が目安とされます。老後、重要なのは「資産の流動性」です。貯金と退職金をすべて不動産という「動かせない資産」に変えてしまったことが致命的でした。予期せぬ出費や長生きリスクに備え、手元に十分な現金を残す資金計画が不可欠だったといえます。