なぜ開業医に「KPI管理」が必要なのか?
「KPI管理」とは、目標達成度を測るための具体的な指標を設定し、その進捗を継続的にモニタリングする経営手法で、下記のような効果が期待できます。
●現状の可視化と問題点の早期発見
「なんとなく患者様が増えた気がする」「最近少し忙しい」といった感覚的な状況把握ではなく、客観的な数値で隠れた問題点や非効率な部分を発見できます。
●目標達成への道筋の明確化
「10%売上を伸ばしたい」「コストを10%削減したい」といった漠然とした目標を、具体的な数値目標と連動するKPIに落とし込むことで、やるべきことが明確になります。
●経営判断の精度向上
経験や勘に頼るだけでなく、客観的なデータに基づいて経営判断を下せるようになり、財務状況を安定させます。
●スタッフとの目標共有とモチベーション向上
経営目標やKPIをスタッフと共有し、スタッフへのインセンティブ導入などを併用することで、それぞれの業務の経営への貢献を理解し、モチベーション向上や集患への意欲につながります。
開業医が設定すべき主要KPIと具体的な数値例
開業医が設定すべきKPIは多岐にわたります。ここではとくに重要度の高い項目を、「収入」「費用」「患者関連」「その他」のカテゴリーに分けて解説します。
1. 収入に関するKPI
クリニックの売上を構成する重要な指標です。
月間総売上高(診療報酬+自費診療+公費診療)
定義:その月にクリニックが得た全ての売上(保険診療収入、自由診療収入、物品販売収入など)。
目標例:月平均500万円(新規開業時)、月平均800万円(1年後)
モニタリング:毎日または週次で集計し、月次の目標達成度を確認。過去のデータと比較し、トレンドを把握します。また、内科・小児科では季節性があるためにその変動も加味する。
活用法:目標未達の場合は、患者数、単価、自由診療・公費診療割合の見直しを実施する。
患者1人あたりの平均単価
定義:総売上高 ÷ 月間延べ患者数。患者1人あたりの診療内容や点数、自由診療の利用状況を示す
目標例:5,000~6,000円/人(内科・小児科の場合)
モニタリング:月次で計算。診療科やクリニックの特性によって適切な単価は異なります。
活用法:診療単価が低い場合は、検査や処置・特掲診療料の加算(生活習慣病管理料、機能強化加算、特定疾患療養管理料など)を算定できる再診患者が少ない、といったことが原因として考えられます。単価向上だけを追求すると過剰診療となり個別指導などのリスクともなるため、医療の質とのバランスが重要です。
一般的な風邪の患者が多い内科で平均単価が4,000円未満の場合、検査の必要である例を見落としていないか、あるいは特定健診・予防接種など案内が不足していないかなどを検討します。
新規患者数
定義:その月に初めて来院した患者様の数。クリニックの成長性を示す
目標例:月30~50人(地域や診療科によるが、全受診の10%~15%程度)
モニタリング:毎日集計し、月次で目標達成度を確認
活用法:低い場合は、集患対策(Webサイト、SNS、クチコミ促進、地域連携など)の見直しが必要です。季節変動も考慮すべき事項です。
春に新規患者が減った場合、入学・入社による転居が多い時期にもかかわらずクリニックの存在が知られていない、競合へ流れている可能性があるため、広報活動を強化するなどを検討します。
2. 費用に関するKPI
経営の効率性を示す重要な指標です。
人件費・福利厚生費率(スタッフ)
定義:人件費 ÷ 総売上高 × 100%。経営を圧迫しやすい最大の費用項目
目標例:15%~20%
モニタリング:月次で計算
活用法:30%を超える場合など高い場合は、スタッフの過剰配置、残業時間の多さ、給与水準を検討。
受付業務に時間がかかる、残業が多い場合、オンライン予約システムの導入や問診票の電子化で効率化を図り、人件費削減とスタッフ負担軽減を目指します。
材料費率(医薬品・消耗品費率)
定義:材料費 ÷ 総売上高 × 100%
目標例:5%~10%(小児科ではワクチンが多く20%程度)
モニタリング:月次で計算
活用法:高すぎる場合は、薬品の無駄遣い、在庫管理の不備、高額な材料の選定などを検討。発注量の最適化、複数の卸業者からの見積もり比較などを検討します。
賃料率
定義:賃料÷総売上高×100%
目標例:10%以下
モニタリング:月次で計算
活用法:開業前に考慮すべき項目であり、開業後は変動しにくいですが、高すぎる場合は売上向上で率を下げるか、将来的な移転も視野に入れる必要があります。
広告宣伝費率
定義:広告宣伝費÷総売上高×100%
目標例:2%~3%(開業当初や競争が激しい地域では高めでも良い)
モニタリング:月次で計算
活用法:投資対効果(ROI)を重視し、費用対効果の高い媒体(Webサイト、Googleビジネスプロフィール、SNSなど)に集中します。
地域情報誌への広告掲載費が高いにもかかわらず、そこからの新規患者獲得数が少ない場合、オンライン広告や地域コミュニティへの参加など、効果的な集患方法に振り替えることを検討します。
3. 患者関連のKPI(質的な側面も含む)
患者満足度や診療効率に関わる指標です。
平均待ち時間
定義:受付から診察開始までの平均時間。患者満足度に直結
目標例:15分以内、繁忙期30分以内
モニタリング:曜日や時間帯別に計測
活用法:長い場合は、予約枠の見直し、医師・スタッフの動線改善、問診の効率化(事前問診など)
4. その他のKPI
月間稼働日数・時間
定義:クリニックが実際に診療を行った日数や時間
目標例:月20日稼働、診療時間8時間/日
モニタリング:月次で確認
活用法:効率的な診療スケジュールやスタッフ配置の検討に役立ちます。
紹介率/逆紹介率
定義:他の医療機関からの紹介患者の割合、または他の医療機関へ紹介した患者の割合。地域連携の強さを示す
目標例:紹介率5%以上、逆紹介率3%以上
モニタリング:四半期または半期で集計
活用法:低い場合は、地域医療機関との連携強化(医師会主催などの勉強会への参加、医療機関の訪問・挨拶回りなど)を検討します
KPI管理の実践ステップ
KPIを設定するだけでは意味がありません。継続的に管理し、改善サイクルを回すことが重要です。
ステップ1:現状把握と目標設定
過去データの収集と分析
過去1年分の売上、費用、患者数などのデータを集計し、現状の数値とトレンドを把握します。
経営目標の明確化
「〇年後に売上〇〇円、利益〇〇円」といった具体的な目標を設定します。内科では1名の医師で年間1億円が安定経営の目安となります。
KPIの選定と目標値設定
経営目標達成のためにとくに重要なKPIを選定し、現状の数値も考慮しながら現実的かつ挑戦的な目標値を設定します。
ステップ2:計測とモニタリング
計測方法の確立
具体例:毎日のレセプトシステムからのデータ抽出、受付スタッフによる新規患者数のカウント、月次会計データからの費用項目抽出などのトレンド分析を実施します。
定期的なレポート作成
週次、月次、四半期ごとに進捗状況をまとめたレポートを作成し掌握します。
具体的なツール:Excelのスプレッドシート、レセプトシステムのレポート機能など。グラフ化することで視覚的に把握しやすくなります。
データの一元管理
複数のシステムにデータが分散している場合は、可能な限り一元管理できる仕組み(BIツールや独自のデータベースなど)を検討します。
ステップ3:分析と課題特定
目標値との比較
各KPIが目標値に対してどの程度の達成状況かを確認します。
変動要因の分析
目標値との乖離がある場合、なぜその数値になったのか、具体的な原因を探ります。
具体例:月間売上が目標未達の場合、
延べ患者数が減ったのか? → 新患が減ったのか? リピート率が下がったのか?
患者単価が下がったのか? → 検査や処置の頻度が減ったのか?自由診療や公費の診療の患者数が減ったのか?
季節要因か? 特定のイベントの影響か? 競合クリニックの動向も
クロス分析
複数のKPIを組み合わせて分析することで、より深い洞察を得られます。
具体例:「新規患者数は増えているが、リピート率が低い」→ 新規患者を獲得できても定着していないことを示唆し、初診時の患者対応やアフターフォローに問題がある可能性を探ります。
KPI管理を成功させるためのポイント
院長自身が経営者意識を持つ
医師であると同時に経営者であるという自覚を持ち、KPI管理に積極的に関与することが不可欠です。
スタッフとの情報共有と巻き込み
経営目標やKPIの進捗をスタッフと共有し、自分たちの業務が経営にどう貢献しているかを理解してもらうことで、主体的な行動を促します。月1回のミーティングで共有をし、同時にインセンティブも実施することで集患意識が高まります。
シンプルに始める
最初から完璧なKPIを設定しようとせず、まずは重要な数項目から始めて、徐々に増やしていくのがおすすめです。
ITツールを有効活用する
電子カルテ、レセプトシステム、予約システム、会計ソフトなどから出力されるデータを活用することで、手作業による集計の手間を大幅に削減できます。
外部の専門家(税理士、コンサルタント)の活用
経営分析や改善策の立案に不安がある場合は、担当の税理士や医療コンサルタントに相談することも有効です。
赤字を回避し、持続的な成長を実現する必須事項
開業医にとって、経営数値を掌握し、KPIを効果的に管理することは、赤字を回避し、持続的な成長を実現するためには必須事項です。
日々の診療に追われるなかでも、定期的に経営数値と向き合い、問題点を発見し、改善サイクルを回すことで、クリニックはより盤石な経営基盤を築き、患者様にとっても、スタッフにとっても、そして地域社会にとっても、より良い医療サービスを提供し続けることができるでしょう。
とくに患者数が確保できていても、対人件費率・診療単価は意識して診療を継続することが推奨されます。
武井 智昭
株式会社TTコンサルティング 医師

