物価高が続き賃金が伸び悩む昨今、固定費を抑えられる「実家暮らし」は現役世代にとって合理的な生活防衛策といえます。しかし、子にとってのメリットは、ときに親の「自由な老後」という犠牲の上に成り立っていることも……。本記事では、Aさんの事例とともに、現代の親子同居に潜む「みえない代償」について、FPオフィスツクル代表・内田英子氏が解説します。※本記事で取り上げている事例は、複数の相談をもとにしたものですが、登場人物や設定などはプライバシーの観点から一部脚色を加えて記事化しています。読者の皆さまに役立つ知識や視点をお届けすることを目的としています。個別事例の具体的な取り扱いは、税理士・弁護士・司法書士など専門家にご相談ください。
年一度の温泉旅行に趣味三昧。年金生活・60代両親の老後が崩壊したワケ…実家暮らしを“3食・清掃付きの賢い選択”として人生を謳歌する「年収700万円」「貯金1,200万円」34歳エリート息子の〈無自覚な搾取〉【FPの助言】
静かに削られていった、親の暮らし
同居が始まってから、佐藤さん夫婦の生活は少しずつ変わりました。妻は、毎日3食の献立に悩み、息子の帰宅時間に合わせて食事を用意します。子どもたちが学生だったころのように次男の健康に配慮して、なかなか気がおけません。
佐藤さん自身も、次男との同居前はよくドライブを兼ねてお出かけしていましたが、休日は次男が車を使うことがあるため、土日の外出は控えるようになりました。
少しずつずれた生活を重ねることで、佐藤さん夫婦の心の余裕も、知らないうちに削り取られているようでした。しかし次男が、問題なく働いているからこそ、言葉を飲み込んでしまったといいます。
支出以上に削られていた「老後の生活の質」
困り果てた佐藤さんご夫妻が筆者のもとを訪ねてきました。最初は次男のためなら、と受け入れた同居。しかし、やはりいまのように老後生活を送る自分たちが、本来は自分で生計を立てられる子どもをいつまでも支え続けるのはおかしいのでは?と思いはじめたそうです。
家計状況を確認すると、次男が入れている5万円は、増えた食費や光熱費でほぼ相殺されていました。むしろ次男の同居前後で比較すると、支出額は増えていることが確認できました。つまり、実態としては、親が自分たちの老後資金と生活資源を使って、現役世代の子どもの生活コストを下支えしている構図となっていたのです。
お金だけの問題ではありません。佐藤さん夫妻が思い描いていた老後の生活そのものとも、かけはなれています。老後のライフプランをなおざりにしたまま時間が過ぎていくと、「お金はあっても、上手に使えない」消化不良の状態に陥りがちです。老後資金は生活の質を守るために使うものですが、同居が続くうちに「自分たちのため」から「子どものため」へとすり替わり、家計構造が変化することで、やりたかったことが先送りされてしまうリスクもあります。さらに、医療・住まいの修繕・介護サービスなど、晩年に本当に必要な支出ほど判断が遅れ、結果として選択肢が狭まってしまうリスクもあるのです。