巷で耳にする「高齢になると賃貸物件を借りるのは難しくなる」という説。これを聞いて不安になり、年金暮らしになる前に住宅を購入しようかと悩む人も少なくないでしょう。しかし、手持ちの資金ではなく「先々もらえるであろうお金」を頼りにローンを組むと、思わぬ事態により返済計画が狂う可能性もあります。今回は50代で組んだ住宅ローンの返済が苦しくなった60代夫婦の事例から、経済的に安定した老後のための選択肢をCFPの松田聡子氏が解説します。
「年寄りには家を貸したくないんだ」…52歳会社員に突きつけられた“冷徹なひと言”。慌てて〈3,500万円一軒家〉を購入も、11年後に直面した「まさかの事態」【CFPが解説】
50代からの住宅ローンが抱える3つの誤算と、高齢者賃貸の意外な真実
正博さん夫婦のように、「老後の住まいを確保したい」という一心で50代から住宅ローンを組むケースは珍しくありません。しかし、そこには現役時代には見えにくい、高齢期特有の3つの誤算が潜んでいます。
1. 完済時の年齢と60歳以降の収入の問題
50代でローンを組む際、多くの人が80歳完済などの長期計画を立て、それを「退職金で一括返済すればいい」と考えがちです。
しかし、金融広報中央委員会の「2023年家計の金融行動に関する世論調査」(二人以上世帯)によると、60代の世帯主がいる世帯でも、住宅ローン残高の平均は733万円にのぼります。定年後、再雇用や嘱託で年収が大幅にダウンしても、ローンの返済額は現役時代のままです。
正博さんのように手取り額の3割以上がローン返済に消える状態は、家計にとって非常にリスクが高い「返済困難予備軍」といえます。
2. 退職金と金利が想定外になるリスク
かつては「退職金でローン完済」が想定パターンでしたが、現代ではその前提が崩れつつあります。厚生労働省の「令和5年就労条件総合調査」によれば、退職金制度を取り巻く環境は年々厳しくなっています。
・退職金制度がない企業の増加: 2018年の19.5%から、2023年には24.8%へ 上昇
・給付額の減少: 大学・大学院卒の定年退職者の平均額は、2018年の1,983万円から、2023年には1,896万円へと、約90万円減少
これに加え、2024年のマイナス金利解除以降、変動金利が上昇し始め、返済額が増加し続けることも懸念されます。
3. 「高齢者は家を借りられない」という恐怖の正体
正博さんを家購入に突き動かした「高齢者は賃貸住宅を借りられなくなる」という不安には、一定の根拠があります。
国土交通省の「住宅セーフティネット制度の見直しについて 」によると、賃貸人の約7割が、高齢者の入居に対して拒否感を抱いているのが実情です。主な理由は、孤独死や残置物の処理、家賃滞納への不安です。
しかし、国もこの状況を放置しているわけではありません。2025年施行の改正「住宅セーフティネット法」 では、高齢者などの入居を拒まない住宅の登録制度を強化し、入居後の見守り支援を行う仕組みが拡充されました。
「家を借りられないから買う」という選択が、実は「老後の資金をすべて家に投じてしまう」という別のリスクを招いている可能性を、冷静に見極める必要があります。