「ダブル介護」はなぜこれほどまでに過酷なのか

厚生労働省の「国民生活基礎調査」(2022年)によると、要介護者を介護している人のうち、約8割が60歳以上です。介護者自身も高齢化する「老老介護」が進むなか、正之さんのように複数人を同時に介護する「ダブル介護」も増えています。

要介護者が二人いる場合、介護者は休む暇がありません。正之さんの場合、泰子さんの日常的な介助という肉体労働に加え、認知症の母の見守りで、食事をゆっくり摂る暇もない状況です。要介護者のケアは昼夜を問わず必要なため、まとまった睡眠も取れない日が続きます。慢性的な腰痛に悩まされながらも、自分の通院や休養など考える余裕はありませんでした。

介護者は身体的な負担だけでなく、精神的にも追い詰められていきます。思い描いていた心穏やかなセカンドライフとは全く違う、終わりが見えない灰色の生活。友人との連絡も途絶え、外出するのは病院の付き添いだけ。

「介護がいつまで続くかわからない。俺の人生はこのまま終わってしまうのか……」

正之さんは心の中で叫び声をあげていました。

泰子さんが元気だった頃、母の介護はすべて妻に任せきりでした。いざ自分が介護者の立場になってみて、どこに相談すればいいのか、どんな支援制度があるのか、正之さんは何一つ分かっていなかったのです。

実際、正之さんのような男性介護者は、特に孤立しやすいといわれています。女性に比べて地域コミュニティとの接点が少なく、「困っている」と声を上げることへの抵抗感も強い傾向があります。

また、妹の智代さんへの後ろめたさもありました。「遺産を全部もらった以上、母さんを施設に入れるわけにはいかない」――そんな考えも、助けを求めることを妨げていました。しかし、肉体的にも精神的にも限界を悟った正之さんの頼る先は、やはり妹の智代さんだけでした。

正之さんの話を聞きながら、智代さんは「もっと早く気づいてあげていれば」と悔いました。実は智代さんは、職場で介護離職を経験した同僚の話を聞いたり、自治体の広報誌を目にしたりする中で、介護サービスの仕組みについて多少の知識がありました。

専門家ではないものの、一人で抱え込むしかない状況ではないことだけは分かっていたのです。

「お兄ちゃん、地域包括支援センターに相談しよう。一人で二人を介護するなんて、普通じゃないよ。限界ですって、ちゃんと伝えないと」

智代さんの言葉に、正之さんは初めて、自分が追い詰められていることを口に出していいのだと思えたといいます。