認知症による資産凍結への備えとして、近年注目を集める「家族信託」。成年後見制度のような厳格な制限がなく、家族間で柔軟に財産管理ができる切り札として紹介されることが増えています。 しかし、その柔軟さこそが、時に親の財産を危険に晒すケースもあって……。本記事では田代さん(仮名)の事例とともに、家族信託契約のリアルな使い勝手を、ニックFP事務所のCFP山田信彦氏が解説します。
一人息子の「親孝行」に感謝した翌週…資産1億円・東京の一等地に50坪の自宅を構える82歳父が「通帳を取り上げられた日」【CFPが解説】 (※写真はイメージです/PIXTA)

認知症対策としての財産管理対策の最適解は人それぞれ

FPの言葉を聞き、田代さんは愕然としました。息子は「親父のため」といいながら、実質的に財布の紐を握りたかっただけなのではないか――。

 

「家族信託では、主人公が『私』から『私の財産』に入れ替わってしまうんですね。息子の話を聞いて家族の敵とみなしていた法定後見制度は、実は認知症になった自分を、身内の使い込みから守る方法の一つだったとは……」

 

一度契約して財産の名義を移してしまった以上、簡単には元に戻せません。「もう少し慎重に考えるべきだった」田代さんは、息子の手にある自分の通帳を思い浮かべ、深い後悔に包まれています。

 

皮肉なことに、田代さんが契約した直後、新聞で法定後見制度の「途中でやめられない」原則が見直されて「期間の設定」や「終了規定の新設」などが厚生労働省によって検討されているという記事を読みました。

 

成年後見制度の使い勝手が悪いため、慌てて家族信託を選んだ田代さん。しかし、その従来の制度も、より使いやすく改善されようとしていたのです。

 

「もう少し待てばよかった。そうすれば、こんなことには……」

 

息子との話し合いは、まだできていません。法的な縛りと、肉親の情。その狭間で、田代さんの苦悩は続いています。

 

 

山田 信彦

ニックFP事務所

代表